愛を込めて極北
 「暁……」


 きつい抱擁に満足したのか、ようやく百合さんは口元に笑みを浮かべる。


 妖艶な笑み。


 そして誘い出されるかのように、楠木の手は百合さんの胸元へ……。


 ……本当に楠木は、義理で百合さんを抱きしめているの?


 義務感でここまでできるの?


 (いや!)


 見ちゃいられない。


 たまらず顔を背けた時、頬が思い切りそばにあった低木の枝に触れてしまった。


 枝先の葉にぶつかり、ちょっと音が響いた。


 まずい! と思った時にはもう手遅れ。


 バルコニー上の百合さんと目が合ってしまった。


 「!?」


 楠木の腕の中の百合さんは、一瞬驚いた表情を見せる。


 覗き魔とかストーカーなどと罵られることも覚悟した。


 しかし百合さんは動揺することもなく、楠木の抱擁に身を任せ続ける。


 一方楠木は百合さんの髪に顔を埋めているため、先ほどの物音も耳には届かず。


 当然私の存在にも気づかないまま……。
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