愛を込めて極北
 「ねえ暁、抱いて」


 百合さんはわざと私に聞こえるように、大きめな声で楠木を誘ってる。


 「そんなこと、大きな声で……」


 「誰かに聞かれたら恥ずかしいとでも?」


 「……」


 「私たち、世間に認められた婚約者同士でしょ? 愛を交わす行為を誰かが邪魔するとでもいうの?」


 「いや……」


 「そんなにあの小娘に気を遣ってるの?」


 「彼女は関係ないって言ってるだろ!」


 私の存在をちらつかせると楠木はムキになり、疑惑を打ち消すかのように濃密な愛を差し出してくれることを、百合さんは熟知しているようだ。


 「だったら……抱いて。しばらく会えない間、余計なことを考えられなくなるくらいに」


 「百合、」


 「さ、早く」


 百合さんは楠木の手を引いて、バルコニーから室内へと戻ろうとした。


 室内に入る間際、百合さんはくるっと振り返ってこっちを見た。


 そして楠木にばれないよう、私にだけ向かって笑みを浮かべる。


 勝ち誇った笑みを……!
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