愛を込めて極北
 勝利者としての笑みを残し、百合さんは楠木の手を引いて室内へと消えていった。


 戸を閉めてレースのカーテンを引く。


 部屋の灯りはつけたまま。


 たぶん意図的にだろうけど、レースだけ引いてカーテン本体は閉めずにそのまま。


 そのため二人の抱き合う姿が、レースのカーテン越しに浮かび上がる。


 熱い抱擁にキスを繰り返し、そのまま倒れ込むように消えていく……。


 「……!」


 ようやく金縛りのような呪縛から解放され、私は夜の闇の中を走り出した。


 全速力で。


 車を停めてある場所ではなく、辺りの林の中を貫くサイクリングロードを、意味もなく走り続けていた。


 昼間は通学・下校時の高校生たちが自転車で行き来している道だけど、この時間帯は誰もいない。


 薄暗くて危険とも言われる道を、私はひたすら走っていた。


 「……」


 しばらく走ってようやく息が切れ、足が動かなくなってきた。


 ようやく走るのをやめ、そばにあった木の幹へと寄りかかる。


 もう楠木の自宅は見えないほど離れた。


 ふと空を見上げる。


 ……苦しい。


 これは疲労による苦しさではなく、もしかすると胸の痛み?
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