愛を込めて極北
 だから抵抗するふりを見せつつも、結局は百合さんを抱く。


 楠木にとっても百合さんは、なくてはならない存在。


 ……私は?


 百合さんという大事な人がいるにもかかわらず、どうして私とあんなことを?


 なかなか百合さんに会えない虚しさを、私で満たしただけ?


 たまたまそばにいたのが、私だったからにすぎない……。


 (もう、そばにはいられない)


 いつしかそういう結論に達していた。


 今の業務が一段落したら、絶対に辞めよう。


 響さんも結婚直前で辞めたばかりだから、相次いで辞めるのはよくないと思い我慢していたけど、もう限界。


 とても一緒にはいられない。


 あの二人の求めあう姿を間近に感じ続けるのは、無理。


 胸が押しつぶされそう。


 その理由は……。


 (好き……?)


 私はようやく、押し殺していた本音を思い知った。


 一夜を共にした直後に婚約者の存在を知らされ、脅されても何とも感じていないなんて嘘。


 ただの政略結婚と思い込むことによって本心を封じ込めていた防壁が、先ほどのラブシーンを見せつけられたことにより一挙に崩壊した。


 私は楠木のことが好きだった。


 いつの頃からか、ずっと。


 夢を追いかける彼を、そばで見守っていられればそれだけでいいと、いつも思い続けていたのだった。
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