愛を込めて極北
 「楠木さん」


 呼びかけてもぴくりともしない。


 突っ伏したまま熟睡している。


 そろそろ遠征の準備を本格化させなければならない大事な時期なのに、百合さんに振り回される日々が続いて、かなり疲れていたものと思われる。


 速達郵便をテーブルに置いて、私は事務所に戻ろうとした時だった。


 ブルブルブルブル!


 マナーモードになっていた楠木のスマホが、勢いよくテーブルの上で踊り出した。


 ものすごい振動にさすがの楠木も飛び起き、慌てて通話ボタンを押した。


 「もしもし」


 寝ぼけているのを必死でごまかし、はきはきとした口調で応対する。


 どうやらテレビ局からの電話らしい。


 極地への旅を目前に控え、新聞やテレビからの取材要請もこの時期多い。


 多忙に拍車がかかるものの、マスメディアへのアピールは今後の活動のためにも必要不可欠であるため、基本的に楠木は来るもの拒まずのスタンスで取材に応じている。
< 139 / 251 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop