愛を込めて極北
 「気になさらないでください。私も忘れましたから」


 努めて平然を装う。


 無理やり襲われたわけではないし、私も内心楠木に対し好意を抱いており、抵抗することなくそのまま受け入れていたのも事実。


 万が一妊娠していたりしたらこのままでは済ませられないけれど、今のところそのような兆候は見られないしおそらく大丈夫だとは思う。


 今子供ができたりしたら、非常にまずい。


 祝福されないばかりか、お互いにとって明らかに足枷ともなりかねなく、不幸な結末にすらなりかねない。


 一瞬の快楽に流されて、後から死ぬほど後悔した人の話は何度か耳にしたことがあるけれど、自分も一歩間違えればそのような事態に陥る危険性があった……。


 とはいえ実際妊娠している可能性はゼロに近いので、今最もしなければならないことは、一つの後腐れも残さないよう、あともう少しのこの事務所での任務を全うすること。


 そして「立つ鳥跡を濁さず」状態で、この事務所から消えること。


 ……自分の気持ちに気付いてしまった以上、もうここにはいられない。


 私はこの人が……好き。
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