愛を込めて極北
 「もう一度考え直してくれないか」


 考え直す、とは。


 この事務所を辞めるという意向を翻意しろということなのか。


 それとも自分との関係をもう一度どうこうしようということか。


 どっちとも取れるし判断がつかず、黙っていることしかできなかった。


 「俺も今のままではいられないことは、とっくに分かっている」


 「……どういう意味でしょうか」


 「確かに百合には世話になっている。あいつがいなければ、今の俺は存在しないし、これからの自分も成り立たないのが現状」


 百合さんの名前が楠木の口から語られると、私は明らかに動揺してしまう。


 「……それならば、百合さんを大切にしなければいけませんね。今も、そしてこれからもずっと!」


 耐え切れず私は楠木の手を振りほどき、事務室へと戻った。


 するとちょうど男子大学院生が、お弁当を調達して戻って来たところだった。


 もう少し戻るのが遅ければ、奥の部屋での楠木との会話を聞かれていたかもしれない。


 (危なかった……)


 心の乱れを押し殺し、何事もなかったかのようにその日一日やり過ごした。
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