愛を込めて極北
 「あ、美花。おかえり」


 ……これはいったい、どういうことだろう。


 なぜ楠木がここに?


 しかも母と、ダイニングテーブルで楽しそうに談笑中……。


 紅茶やケーキまで用意されて。


 「楠木さんが、お菓子を届けてくれたのよ。美花あなた、楠木さんのところ辞めちゃうんだって? あんなに楽しそうに通っていたのに」


 「……」


 母が病気だとか入院したとか嘘をつき、辞めると押し切ったのだけど。


 今目の前でお菓子や紅茶を振る舞っている母は、元気そのもの。


 嘘をついていたのがバレバレとなってしまい、私は何も言えずに押し黙ってしまった。


 後から分かったことだけど、楠木は今朝東京から戻ってすぐに、私たちと共通の知り合いである、東ファームの東社長に電話をかけて。


 (私が口実として用いていた)母の病気に関して尋ねてきたけれど、何も知らない東社長は驚愕。


 慌てて母に連絡を取り、病気も入院もデマであることが発覚。


 私が辞めるために嘘をついていたのだと悟った楠木は、私の帰宅時間帯を見計らい、今までお世話になったお礼に……との口実でわざわざ私の家まで現れたのだ。
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