愛を込めて極北
 話の盛り上がり具合や、紅茶やケーキの減り方から察するに、私が帰宅するだいぶ前からここにいたらしい。


 母と何を話していたのだろう……。


 私が事務所を辞めること以外に、余計なことを喋ったりしていないだろうか。


 私との関係を、ほのめかすようなこととか……。


 「極北って、宇宙くらいにかけ離れた別世界だと思っていたけれど、楠木さんの話を聞いているうちに、北海道に通じるかなり親近感を抱くようになっちゃった」


 直前の話題は、極北で遭遇したシロクマと、旭山動物園のシロクマの比較などだったようだ。


 そして極北の旅の話など……。


 何も知らない母は、すっかり洗脳されている。


 「こんな興味深い活動を、生業(なりわい)としている方のお手伝いできるなんて、なかなかありふれたことじゃないのに。辞めちゃうなんてもったいない」


 そんなことまで言い出す始末。


 「いえ、お母さん。美花さんもお仕事ありますし。いつまでも私の道楽にお付き合いさせてしまうわけにもいきません」


 母の前では善人ぶり、猫をかぶっている。


 みんなこうして騙されるんだ。
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