愛を込めて極北
 フランクリン隊の二隻の船は、それぞれ「エレバス」と「テラー」と名付けられていた。


 「エレバス」とはギリシャ神話などに出て来る、地底の死者たちの世界、いわゆる地獄や冥府を表す。


 「テラー」とは恐怖。


 日本の戦艦も「武蔵」だとか「大和」とか、敵を恐れおののかせる目的か、勇ましい名前を付けられたものが多かった。


 「エレバス」と「テラー」も同様。


 敵を地獄へと追いやるような、恐怖を与えるつもりで命名したはずが。


 皮肉なことに乗組員たちを極北の「地獄」と「恐怖」へと導いてしまった。


 生きるための術を何も手にせずさまよう極北の大地は、まさに恐怖に満ち溢れた死の世界。


 楠木は今この時も、どこでどう過ごしているのか。


 私もここから今すぐ飛び出して、極北の地へと駆けつけたい衝動に襲われ続けているけれど。


 必死で焦燥を抑える。


 私が動揺すれば、ようやく落ち着いた百合さんの気持ちも再び乱れてしまう。


 だからせめて私だけでも、冷静さを保っていなくては……。
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