愛を込めて極北
 「今日は気温が下がりそうですね。ほらあんなに星が輝いている」


 温泉からコテージまではわずかな道のりだったけど、その間沈黙で気まずくなることは皆無だった。


 楠木のほうからあれこれ話しかけてきた。


 「晴れた星の夜は放射冷却で、この辺りは氷点下15度から20度近くまで下がることも。コテージ内は暖房付きっぱなしですから、無問題ですけどね」


 札幌市内ではマイナス10度を下回ることすら稀だけど、40キロほど離れたこの地は内陸ゆえか冷え込みが厳しい。


 すでに私の乾ききっていない髪も、凍り始めている。


 「この辺りも冷えますが、旭川とか帯広はもっと寒いですよね。楠木さんは……もっと気温の低い所に毎年出向いているわけですから、全然平気かもしれませんが」


 「向こうでは寒冷地適応していますが、日本に戻るとすぐに日本に適応しちゃいますよ」


 マイナス3~40度の世界を体験しても、帰国すればリセットされてしまうようだ。


 「楠木さんにお会いしてこうしてお話をお聞きしているうちに、行ったことのない北極圏の世界に興味が湧いてきました」


 「ほんとですか。いずれは極地未経験者を集めたツアーを実施する計画もあるのです。その際是非桜坂さんも参加してくださいね」


 「えっ」


 社交辞令の一種だったはずが……。
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