愛しの残念眼鏡王子
「あ、いつもすみません! たまには俺がと思って来たんですけど、遅かったですね」


給湯室で松田さんとふたり、お茶やお茶菓子の準備をしていた時だった。

バタバタと慌ただしく、我が社の専務が駆け込んできたのは。


相変わらず後ろ髪をぴょんと跳ねさせ、あどけない笑顔で申し訳なさそうに謝るこの人、社長と副社長のひとり息子であり、我が社の専務でもある、鈴木 一郎(すずき いちろう)さん。


私より六歳年上の三十四歳。

専務と言っても、工場勤務がほとんど。

スーツをかっこよく着こなしているわけではなく、作業服姿の彼は実年齢より若く見える。

下手したら私と同い年に見えなくないかもしれない。


「いいのよ、そんなの私たちがやるから。ねぇ、光希ちゃん」

「はい」

松田さんの言う通りだ。

工場と事務所は同じ敷地内にあるものの、三十メートルほど距離がある。

給湯室は事務所にあるし、わざわざ専務が来るほどでもない。
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