3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
「なに考えてんのよ!」
弁解しようとする千奈美に、弾けたように啓子が叫ぶ。
「避妊しなかったなんて、なに考えてんのよ!」
身を乗り出した啓子が、バシン! とテーブルに手をつく。
痛そうなその音に、私と千奈美は肩を震わせた。
「どうして? 避妊してなかったなんて、そんなの妊娠するに決まってるじゃない!」
「で、でも、ちゃんと外で……」
「何がちゃんとよ! 外出しなんておまじないにもならないわよ!」
千奈美の言葉に、啓子は言葉で殴り返す。
今まで見たこともないような、泣き怒りのような不思議な表情だった。
「だって、夏樹くんのこと好きだもん!」
「好きだからって、なによ!」
「嫌われたくない!」
千奈美も啓子の声に負けないぐらいの金切り声で叫びだす。
「嫌われたっていいじゃない。赤ちゃん殺すことに比べたら、どってことないでしょ!」
殺す。
その言葉が、胸に突き刺さった。
「ピル飲んでゴムつけて、どんなにちゃんと避妊しても、妊娠するときはするのよ! 百パーセントなんてあり得ない。なのに、避妊さえしてなかった? ふざけるな!」
いつも身なりを気にして綺麗に整えている啓子からは想像できない、がなり声が鼓膜を震わす。
千奈美も黙りこんで、目に涙を浮かべて俯いていた。
赤ちゃんを殺した。
啓子は、中絶したことをそう思っている。
例え法律で守られていても、処置をしたのが医師でも、啓子は自分を人殺しだと思っている。
だからこそ、啓子はこんなに傷ついてこんなにも怒っている。
血を流すように切ない叫びだった。
唇を噛み締めて、今にも血が流れそう。
手もテーブルの上で固く握りしめられて、爪が手のひらを切り裂きそう。
「啓子……」
私は啓子を抱きしめたいような気持ちになる。
手のひらから血が流れる前にと伸ばした手が、間抜けな電子音に硬直した。
てってれ てれてれ てって ぱふっ
二人につられて溢れそうになる涙が、一瞬にして引っ込んだ気がした。
張り詰めた空気に似つかわしくない、間の抜けたメロディー。
てれてれててーて てれてれてー
今どき着うたでさえないこの着信音。
思わず吹き出しそうになるこの愉快な曲。
鳴りやむ気配はなかった。
「ちょっと、ごめん」
バツが悪そうに啓子が握った手をゆるめて、ポケットに入れた。
そこから鳴りやまない携帯電話を取り出すと、画面を操作する。
音楽が鳴り止み、啓子が電話を耳に当てる。
「なに~?」
啓子は私たちに背を向けて電話の向こうの相手に話しかけはじめた。
その口調は、いつも通りに戻っていた。
相手の声は聞こえないけれど、私は電話の相手が誰かを知っている。
あの着信メロディーは、ただ一人の人物のためだけに設定されていた。
あれは、啓子の彼氏――俊輔くんからの電話だ。