3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~

「啓子の初体験は知ってる? すっごくロマンチックなんだよ」


 奥歯をかみ締めて、千奈美は自分との対比に嫌悪する。


「高校受験の前に、しばらくデートはやめようって話になって、それで最後に……それを支えにお互い受験頑張ろうって、高校に入ったらまたデートしようって。俊輔くんの部屋で、ちゃんとコンドームも用意して……俊輔くんは、きっと優しかったんだろうなぁ」


 私の知らなかった啓子の話。
 でもきっと、啓子はそのロマンチックで辛い過去を背負った。


「……朋絵」


 ポツリと、千奈美が私の名前を呼んだ。
 私の方は見ずに、エレベーターの扉の方を真っ直ぐに向いて。


「啓子は、ズルイよね……」

「ズルイ?」


 私は相槌も打てずに、オウム返しをする。


「うん、ズルイよ……」


 唇を噛んだ千奈美の肩は震えていた。


「私、ね……夏樹くんに真っ先に言ったの。妊娠してるかもって」


 啓子には言いたくないと言っていたこと。
 啓子への後ろめたさを感じながら、私は千奈美の言葉に耳を傾ける。


「私、夏樹くんと別れたの。一方的に、さよなら言われただけだけど……」


 夏樹くんが別れを切り出した理由は明確で、胸が締め付けられるようだ。


「俺たち、もう終わりだなって……お金、押し付けられた」

「お金って……!!」


 夏樹くんのその行動に、一瞬にして全身の血が沸点を越えたようだった。

 思わず声を荒げたけれど、千奈美が肩を震わしたから、私は深呼吸をして気を落ち着ける。


「堕ろしたら、連絡しろって。足りない分は、その時に払うから……」


 千奈美の瞳の膜が、とうとう決壊した。


「夏樹くん……なぁんにも考えてくれなかった」


 千奈美の小さな手のひらが、千奈美のお腹にそっと触れる。
 そこには、子宮がある。
 千奈美の赤ちゃんがまどろむ場所。

 千奈美がお母さん。
 夏樹くんがお父さん。

 なのに、なのに……!

 千奈美の手を握っていない方の手。

 私は知らず知らずのうちに、強く握り締めていた。

 子供が出来たからサヨナラ。
 子供を堕ろしてオシマイ。
 お金を払うだけのセキニン。

 夏樹の野郎。


「啓子は、ズルイよ……」


 千奈美が、さっきと同じ言葉を繰り返す。


「ズルイよ……啓子はズルイ! わたしと同じように妊娠したのに、しかも中学の時に妊娠したのに、なんで俊輔くんと今も一緒にいるのよ!」

 千奈美の叫びが、狭いエレベーターの中に反響する。


「なんで、わたしみたいに別れちゃわないの? なんで壊れないの!」


 妊娠の経緯も、その後の経過も、まるで正反対。


「なんで? なんで、なんでそんな……」


 まるで、ただをこねる子供みたいに。


「む、むしろ……絆が深まった、みたいな?」


 千奈美だって、本当はわかってるはずなのに。
 それでも、だだをこねる。
 嫉妬する。

 本当に、啓子はズルイ?
 本当に、啓子は羨ましい?

 人の心の内なんて、人の抱えた傷の深さなんて、誰にもわからないのに。
 あの悲痛な声が、今も耳に残ってる。


「なんで啓子には俊輔くんみたいな彼氏がいるのに、わたしにはいないの!? なんで、なんで……」


 千奈美が負った傷の深さも、私には計り知れない。


「なんで、夏樹くんなんかを好きになっちゃったんだろう……」


 なんで、まだ好きなんだろう。

 膝を抱え顔を突っ伏したその下で、千奈美がそうつぶやいた気がした。


 いつの間にか、エレベーターは一階に到着していた。
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