3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
ゆっくりと隅々まで本を読んで最後のページに辿り着いたとき、ちょうど千奈美が診察室から出てきた。
目を真っ赤に泣き腫らした千奈美が。
驚いて腰を浮かしかけた私に駆け寄った千奈美は、私に財布を押し付けた。
「ごめん、朋ちゃん。お会計お願い」
「え、ちょっと……千奈美?」
そしてそのまま病院を飛び出してしまった。
千奈美を追いかけたかったけど、押し付けられた財布の重みで動けなかった。
お金を払わずに私まで病院を出て行ってしまうわけにはいかない。
無銭飲食ならぬ、無銭診察?
警察沙汰にまではならなくても、保険証から千奈美の家に連絡がいってしまうかもしれない。
ただ診察を受けただけならバレても生理痛がとかって言い訳できるけど、問題起こしたらそれで済むとは思えない。
勝手をして、ことを大きくするのは懸命じゃない。
ぐっとこらえて、私は再び待合室に腰を落ち着かせる。
千奈美の名前が呼ばれるまでそう時間はかからなかったはずだけど、すごく長く感じた。
私はすぐさま代金を支払い、千奈美を追いかけるために病院を飛び出した。
千奈美のお財布の中には福沢諭吉が二人もいて、でもその二人ともお会計を終えたときにはいなくなっていた。
「千奈美、今どこにいるの!?」
私は病院を出てすぐに携帯電話を取り出し、千奈美に連絡を取る。
出てくれないんじゃないか心配したけど、千奈美は電話に出て防波堤の上にいると言う。
「わかった。すぐ行くから、動いちゃダメだよ!」
電話を切ると同時に、私は海に向かって走り出していた。
だいたいの方向は分かるし、千奈美もまっすぐに走っていったところって言っていたし。
診察室から出て来た千奈美のあの真っ赤な目。
嫌な予感がした。
防波堤という場所。
海という場所。
赤ちゃんが眠る羊水は海水と成分が似ているって、どこのサイトで読んだ言葉だったかな。
赤ちゃんをお腹に抱えて、海の中で沖へ歩む千奈美の姿が思い浮かぶようだった。
赤ちゃんと一緒に、海に還っていく光景。
「千奈美!」
視界が開けて、住宅地から防波堤に辿り着く。
誰もいない海辺で、千奈美の姿はすぐに見つかった。
千奈美は海の中じゃなくて、防波堤に腰掛けている。
千奈美の目は、うさぎみたいに真っ赤だった。
まだ私に気がついていないのか、ぼんやりと海を眺めている。
防波堤の上に上がると、コンクリートの照り返して汗が吹き出る。
千奈美の頬も涙なのか汗なのか、しずくが伝っていた。
こんなに暑いのに、千奈美の目に映る海はきっと凍りついている。
寒々しい、孤独な冬の海。
見向きもされなくなって、生き物の気配も感じられない。
そんな冬の海。
深い眠りについたみたいに静かな海は、それなのに見ていると引きずり込まれそうになる。
「千奈美」
近づいて声をかけると、千奈美はようやく私の方を向いた。
「朋ちゃん……」
しずくをたたえた瞳が、きらきらと夏の日差しに輝いていた。
その光が頬を流れて、千奈美が握り締めていた写真の上に落ちる。
「やっぱり、赤ちゃんがいたよぉ……!」
千奈美が握り締めていたそれは、赤ちゃんが写るエコー写真だった。
悲痛な声が、嬉し泣きとは真逆の涙だよって伝えてくる。
もう逃げられない、妊娠という明確な事実。
小さな肩に圧し掛かる重い責任を、一緒に背負ってくれるはずの男性はここにいない。
いるのは千奈美の親友で、赤ちゃんにとっては赤の他人の私。
泣きじゃくる千奈美を抱きしめるしか出来ない、無力な私だけだった。
目を真っ赤に泣き腫らした千奈美が。
驚いて腰を浮かしかけた私に駆け寄った千奈美は、私に財布を押し付けた。
「ごめん、朋ちゃん。お会計お願い」
「え、ちょっと……千奈美?」
そしてそのまま病院を飛び出してしまった。
千奈美を追いかけたかったけど、押し付けられた財布の重みで動けなかった。
お金を払わずに私まで病院を出て行ってしまうわけにはいかない。
無銭飲食ならぬ、無銭診察?
警察沙汰にまではならなくても、保険証から千奈美の家に連絡がいってしまうかもしれない。
ただ診察を受けただけならバレても生理痛がとかって言い訳できるけど、問題起こしたらそれで済むとは思えない。
勝手をして、ことを大きくするのは懸命じゃない。
ぐっとこらえて、私は再び待合室に腰を落ち着かせる。
千奈美の名前が呼ばれるまでそう時間はかからなかったはずだけど、すごく長く感じた。
私はすぐさま代金を支払い、千奈美を追いかけるために病院を飛び出した。
千奈美のお財布の中には福沢諭吉が二人もいて、でもその二人ともお会計を終えたときにはいなくなっていた。
「千奈美、今どこにいるの!?」
私は病院を出てすぐに携帯電話を取り出し、千奈美に連絡を取る。
出てくれないんじゃないか心配したけど、千奈美は電話に出て防波堤の上にいると言う。
「わかった。すぐ行くから、動いちゃダメだよ!」
電話を切ると同時に、私は海に向かって走り出していた。
だいたいの方向は分かるし、千奈美もまっすぐに走っていったところって言っていたし。
診察室から出て来た千奈美のあの真っ赤な目。
嫌な予感がした。
防波堤という場所。
海という場所。
赤ちゃんが眠る羊水は海水と成分が似ているって、どこのサイトで読んだ言葉だったかな。
赤ちゃんをお腹に抱えて、海の中で沖へ歩む千奈美の姿が思い浮かぶようだった。
赤ちゃんと一緒に、海に還っていく光景。
「千奈美!」
視界が開けて、住宅地から防波堤に辿り着く。
誰もいない海辺で、千奈美の姿はすぐに見つかった。
千奈美は海の中じゃなくて、防波堤に腰掛けている。
千奈美の目は、うさぎみたいに真っ赤だった。
まだ私に気がついていないのか、ぼんやりと海を眺めている。
防波堤の上に上がると、コンクリートの照り返して汗が吹き出る。
千奈美の頬も涙なのか汗なのか、しずくが伝っていた。
こんなに暑いのに、千奈美の目に映る海はきっと凍りついている。
寒々しい、孤独な冬の海。
見向きもされなくなって、生き物の気配も感じられない。
そんな冬の海。
深い眠りについたみたいに静かな海は、それなのに見ていると引きずり込まれそうになる。
「千奈美」
近づいて声をかけると、千奈美はようやく私の方を向いた。
「朋ちゃん……」
しずくをたたえた瞳が、きらきらと夏の日差しに輝いていた。
その光が頬を流れて、千奈美が握り締めていた写真の上に落ちる。
「やっぱり、赤ちゃんがいたよぉ……!」
千奈美が握り締めていたそれは、赤ちゃんが写るエコー写真だった。
悲痛な声が、嬉し泣きとは真逆の涙だよって伝えてくる。
もう逃げられない、妊娠という明確な事実。
小さな肩に圧し掛かる重い責任を、一緒に背負ってくれるはずの男性はここにいない。
いるのは千奈美の親友で、赤ちゃんにとっては赤の他人の私。
泣きじゃくる千奈美を抱きしめるしか出来ない、無力な私だけだった。