3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
第3話「コウノトリはただの鳥」
「ただいま……」
「朋絵、オカエリ!」
いつもより少し遅い帰宅に、私を出迎えたのはお母さんじゃなくてお姉ちゃんだった。
「遅かったね。居残りでもさせられてたのかな?」
意地悪そうな笑みを浮かべたお姉ちゃんのお腹は、赤ちゃんを抱えて大きく膨らんでいる。
「来てたんだ」
「うん、ダンナがまた出張でさぁ~。一人は寂しいし、なんかあったときに不安じゃん」
「ふうん」
あまりお姉ちゃんと話す気になれず、生返事をしながらローファーを脱ぐ。
「今日の晩ごはんは、朋絵の大好きなオムライスだよ!」
「うん……」
実家に帰ってくるのも私に会うのも久しぶりだし、構って欲しい姉の気持ちはわかってた。
普段だったらこんな姉の相手も喜んでしていたし、仲のいい姉妹だった。
でも、今日だけは無理。
こんなタイミングで帰って来なかったら、私もお姉ちゃんに久しぶりに会えて嬉しかったのに。
妊娠した千奈美。
妊娠しているお姉ちゃん。
同じなのに違う二人が切なかった。
「朋絵、どうかしたの? お腹でも痛い?」
さすがに姉も、私の様子がおかしいことに気がついたみたい。
心配そうに声をかけられるけれど、本当のことなんて言えるはずがなかった。
「ううん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ。少し部屋で休んでくるね。オムライスは後で食べるから、取っといてね」
「そう? わかった。夜更かしは体によくないから、ほどほどにね。今寝ちゃうと、夜眠れなくなるよー」
「はーい、わかってますって」
少しでも心配されないように、悩み事を気取られないように努めて明るく答える。
玄関からそのまま階段を上って、自分の部屋へ行く。
扉を開けると机の上に鞄を放り投げて、そのまま倒れるようにベッドに突っ伏す。
制服がシワになっちゃうと思っても、着替える気力なんてない。
いろんなことがあったような気がするのに、起きたのは千奈美の妊娠というただ一つ。
それなのに、今日はとっても疲れてしまった。
布団に顔をうずめながら、目頭が熱くなるのを感じる。
千奈美が――妊娠した。
ろくに恋もしたことがない。
彼氏だって未だかつて出来たことがない。
ファーストキスもまだで、もちろん初体験も。
私はまだこんなにもお子さまなのに、千奈美のお腹のなかには赤ちゃんがいるらしい。
彼氏がいたって、千奈美もまだ私と同じなんだと思っていた。
啓子もそう。
本当はずっと遠い人だったのかもしれない。
セックスも妊娠も経験した二人。
何も知らない私が一人。
悲しいのか、辛いのか、悔しいのか。
なんで自分が泣いているのかわからない。
頭の中がグチャグチャで、気持ちが悪い。
吐き気がする。
子供がどうやって生まれてくるのか。
どういう行為で授かるのか。
高校生にもなってそれを知らない人はそういない。
私だって、もちろん知っている。
一番最初、いつどこでなにで知ったのかはわからない。
それでも、私は知ってる。
コウノトリは赤ちゃんを運んでこない。