3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
「朋絵、千奈美。悪いけど、アタシ……志望校変えるかも。東京で大学探す!」
そして戻ってきた啓子は、左手を私たちに見せる。
まるで結婚記者会見をする女優みたいに左手を掲げた啓子の薬指には、小さな石の入ったリングがはめられていた。
さっきまでなかった、リング。
「結婚するの!?」
別れるって言っていたのに、まさかまさかの急展開。
「ううん、それはさすがにまだ。約束通り一旦別れて、改めて結婚を前提にお付き合いしてくださいって言われちゃった!」
語尾を伸ばすのも忘れて、興奮した様子で話す。
私も千奈美も、興奮していた。
きゃあきゃあきゃあきゃあ三人で騒いで、ちょっとだけ涙ぐむ。
「よかったねぇ、啓子」
「本当によかった」
「うん……」
廊下の片隅で、三人抱き合って嬉し泣き。
本当に良かった。
抱き合っていると、今度は私の携帯電話に着信があった。
私はマナーモードにしたままだったみたいで、ブルブルとバイブレーションが振動を伝える。
「だれ~?」
抱き合っているから、二人にも振動が伝わってしまったみたい。
「わたしじゃないよ」
「ごめん、私だ……」
慌てて携帯電話を開くと、メールが来ていた。
件の、彼から。
高鳴る胸をおさえながらメールを開く。
『今度のオープンキャンパス、一緒に回らない?』
シンプルな飾りっ気のないメール。
でも、私には文面が輝いて見えた。
「よかったね!」
「デートだ、デート~」
「なに勝手に見てんのよ!」
画面を覗いた二人が、私をからかってくる。
きっとそんなんじゃない。
また迷わないか心配だから、顔見知りの私を誘っただけだ。
そう思うけど、やっぱりちょっとは期待してしまう。
勉強を頑張ろう。
彼も第一志望だって言ってたから、もしかしたら同じキャンパスライフを送れるかもしれない。
恋って素敵。
彼を思うと、いろいろなことが頑張れそうな気がした。
胸の中が温かくなる。
世界が輝いて見えた。
でも、同時に気づいている。
キラキラした恋心の底にある澱のような欲。
私のことを好きになってもらいたい。
もっとメールして欲しい。
声が聞きたい。
付き合いたい。
会いたい。
触れたい。
もしかしたら地元に恋人がいるんじゃないかとか、不安に思う夜もある。
今ならちょっとだけ、夏樹くんに言われるがままだった千奈美の気持ちが分かる。
私のこと好きになってくれるんだったら、なんだってしてしまうかもしれない。
私もいつか彼と付き合ったりして、彼と初めての夜を迎えたいと思ったりするのかな。
ちょっとだけ妄想する。
他の人じゃ考えられない。
でもそんな時、脳裏によぎるのは千奈美の赤ちゃんのエコー写真。
私と知り合う前にサヨナラしてしまった、啓子の赤ちゃん。
忘れないよ、絶対に。
これから私がどんな選択をしていくのかわからない。
それでもきっと、千奈美の赤ちゃんと啓子の赤ちゃんは私の力になってくれる。
少しでも後悔しない選択をできるように、私を導いてくれる。
無駄にはならない、無駄にはしない。
失われた命はもう二度と戻ってこないからこそ、せめて。