3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
第25話「シアワセを目指して」
「ただいまー」
「おかえり~」
夏季講習から帰った私を出迎えたのは、お姉ちゃんだった。
お姉ちゃんのお腹はもう真っ平ら。
一年前の破水したその日の夜に、お姉ちゃんは妊婦さんでなくなった。
「おー」
「ただいま、りっちゃん」
お姉ちゃんのスカートをつかんで私を見上げてくるつぶらな瞳にも、ただいまと声をかける。
ぷっくりとした頬、ぷるぷるのくちびる。
まだ髪はそんなに伸びてないけど、ピンクのワンピースがとてもよく似合っている。
手にはお姉ちゃんお手製のタオル地のぬいぐるみ。
うさぎさんの耳はよくはむはむ口に含んでいるから、ちょっと汚れてしまってた。
「りっちゃん、叔母さん帰ってきたよ~」
「ちょっとお姉ちゃん、叔母さんはやめてって言ってるでしょ!」
たまにしか会わないからか、まだちょっと人見知りをされてるみたい。
りっちゃんは、お姉ちゃんの影に隠れてしまう。
りっちゃんは、去年の夏に生まれたお姉ちゃんの一人娘。
予定よりも一ヶ月早く破水したお姉ちゃんは、入院して経過観察になった。
でも、感染症の恐れやお腹のなかの赤ちゃんに異変が疑われたために急きょ帝王切開で出産することになった。
妊娠三十五週目、体重2100gの女の子が取り上げられた。
未熟児だったために、新生児特定集中治療室で二週間ちょっとの入院を余儀なくされる。
一足先に退院したお姉ちゃんは、毎日欠かさず病院に通い母乳をあげていた。
それでも思うように母乳が出なくて、歯がゆい思いをしていたみたい。
ずっと自然分娩に向けて勉強してきたのに、お姉ちゃんは緊急で心の準備もないまま手術を受けた。
赤ちゃんは無事生まれたけど未熟児で、ずっと入院する。
こんなことになったのは自分のせいだって、お姉ちゃんはずっと自分を責めてきた。
知り合いのなかには、帝王切開で産んだことをとやかく言ってくる人もいるみたい。
楽でいいよねとか、母親の自覚が生まれないんじゃないとか、我慢の足らない子になるとか、根拠のない話で遠まわしに非難してくる。
帝王切開をしなかったら、もっと大変なことになったかもしれないのに……
お母さんに愚痴っているところを何度も見てきた。
きっと旦那さんの前では、泣いたりもしてたんだと思う。
母乳信仰っていうのは、お姉ちゃんが持ってきた育児雑誌を覗き見て知っている。
でも、自然分娩信仰なんてのもあるみたい。
お姉ちゃんとりっちゃんがこうして生きているんだから、私はそれでいいと思う。
「朋ちゃんが帰ってきたよ」
「そうそう、朋ちゃんでお願いします」
叔母さんから朋ちゃんに言い直してもらい、りっちゃんと目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ただいま」
私が笑いかけると、りっちゃんはお姉ちゃんのスカートで顔を隠してもじもじする。
「かわい~!」
一年経つけど、まだ抱っこしといてとか少し子守するように言われると、どう扱ったらいいのかわからずに戸惑う。
でも、りっちゃんの可愛さは身内のひいき目じゃないと思う。
それっぐらい、私は立派な親バカならぬ叔母バカだった。
ただそこに存在して生きているだけの、ようやく物心がついてきた命。
スカートから顔を出しての照れ笑いに、幸せな気持ちが込み上げてくる。