3ヶ月だけのママ~友達が妊娠した17才の夏~
「どー、どー」
そう言って、りっちゃんは私にうさぎのぬいぐるみを差し出してきた。
「くれるの? ありがとー」
最近、少し言葉をしゃべれるようになって可愛さ炸裂。
「ん、ん!」
私がぬいぐるみを受け取ると、今度は手の平を向けてなにかを要求してくる。
「なに?」
「ん! ん!」
手を差し出されても、なにを求められているかさっぱりわからない。
「お姉ちゃ~ん」
喋れるようになったと言っても、たまにしか会わない私にはまだりっちゃんの気持ちをくみ取るのは難しかった。
こういう時は、お姉ちゃんに助けを求めるに限る。
「どうぞ、って言って返してあげて。なんか最近、あげたりもらったりのやり取りが好きみたいでさ~」
「そっかぁ」
求められていたのは、たった今私がもらったばかりのこのぬいぐるみだったんだ。
「どうぞ」
お姉ちゃんに言われた通りぬいぐるみを返すと、満足したようにほほ笑んだ。
「あーとー」
たぶんこれは、ありがとうかな?
舌ったらずのありがとうがとっても可愛い。
「どー」
そしてまたプレゼントされた。
「ありがとう」
受け取るとまた手を差し出される。
「どうぞ」
また返す。
「あーとー」
そんな遊びをしばらく繰り返していると、黙って見守っていたお姉ちゃんが口を開いた。
「玄関暑いでしょ? クーラーしてあるからもう入りなよ。りっちゃんも、おいで」
「おー」
お姉ちゃんの言葉を真似しながら、ぬいぐるみを持ってよろよろお姉ちゃんに――りっちゃんのお母さんに抱き着く。
「よいしょー」
りっちゃんを抱き上げるお姉ちゃんは、本当に嬉しそうで、幸せそうだった。
リビングに入っていく母子の姿を見ながら、私は視界が滲んでいくのを感じた。
私も、こんな風に愛されて、祝福されて、生まれてきたのかな。
千奈美も、啓子も、夏樹くんも、俊輔くんも……
たまに会って世話をするだけのりっちゃんは可愛いだけ。
でも、四六時中世話をしていればそればかりじゃないこともわかってる。
マシになってきたとは言ってたけどまだまだ夜泣きも酷いみたいで、いつも寝不足みたい。
産後、体重も右肩下がりで学生時代の体重まで自然とダイエットに成功したと言っていた。
気持ちにも余裕がなくなって、お義兄さんともよくぶつかるみたい。
それだけ必死に、りっちゃんを育ててる。
それでも愛おしく、慈しむ。
当たり前じゃない、その思い。
深い愛。
私は知った。
命の尊さも、命の儚さも、命が存在する奇跡を。
今、ここに生きている幸せ。
赤ちゃんはどこから来るの?
私はどこから来たの?
どこへ行き、どこへ還る?
「朋絵、なにしてるの? おいでよー」
「おっおー」
二人に呼ばれて、私は歩き出す。
「はーい!」
まだ将来のこともよくわからない私だけど、私は私の人生を踏み締める。
生まれてくることの出来なかった千奈美の赤ちゃんと啓子の赤ちゃんの分も……なんて、傲慢な思い。
それでも私は思うことをやめられなかった。
私自身、私の家族、私の友達、私の思い人、たくさんの大切な人たち。
その人たちの幸せを願うのは、きっと罪じゃない。
「3ヶ月だけのママ〜友達が妊娠した17才の夏〜」完