狼陛下と仮初めの王妃
なんとか言葉を交わすことができ、声の様子から怒ってはいないようだと感じる。
だが陛下の顔が近くにある状態は変わらないし、長い指はコレットの前髪をかき分けるようにしていた。
強めの態度とは裏腹に指使いは優しく、まるで卵から孵ったばかりのひよこを撫でるよう。
ほのかに暗かった部屋の中は、カーテンの隙間から射し込む爽やかな光でだんだん明るさを増していく。
陛下の男らしくも綺麗な瞳と唇の輪郭をはっきりと浮かび上がらせ、コレットは目のやり場に困った。
陛下の手のひらで半ば固定された状態の顔はそむけることができず、かといって、目を閉じてしまえばまるでキスをせがんでいるかのよう。
無言のままじっと見つめられて、このままどうなってしまうのだろう。
コレットがそう思ったとき、陛下がぽつりと言った。
「いいか。これくらい、許せよ」
え?と思う間もなく、陛下の唇が額に落とされ、コレットの顔が一気にゆで上がる。
小さなリップ音を立てて離れた唇が、意地悪っぽく口角をあげた。
「あ、あの、陛下……今のは」
「目覚ましと思え。それに昨夜、私も男だと言っただろう?」
そう言って上半身を起こした陛下は、入口に向かって声をかけた。
「リンダ、入ってもいいぞ」
まもなく遠慮がちにリンダが入ってくると、彼女に言葉をかけて陛下は出ていく。
対して、コレットは唇が触れた額を押さえたまま固まってしまい、リンダに声をかけられるまで動くことができずにいた。
偽装の新婚生活は、朝の刺激的な目覚ましで始まったのだった。