狼陛下と仮初めの王妃
一瞬の出来事で何が起こったのか分からず、呆然とするコレットの目に、陛下の足元に転がる一本の矢が映った。
それは真っ二つに折れていて……。
「……陛下、いったいなにが?」
「襲われている!君は危ないから、私から離れるな。アーシュレイ、向こうの木の陰だ!」
言いながらも、ヒュンッと、剣が風を切る音がして、矢がぽとりと足元に落ちる。
「承知しました!リンダは馬の陰にいなさい!」
アーシュレイは剣を振りあげて木立の中まで矢のように駆けていき、リンダは馬の陰に隠れるようにしゃがみこんだ。
陛下が動くたび金属音が響き、そのたびに足元に矢が増えていく。
敵は弓矢だけなのだろうか。
剣で襲ってくることはないんだろうか。
コレットは動くこともできず、ガタガタと震える体をなだめるように、ただ花をぎゅっと抱きしめていた。
「よし、動くぞ」
サッと振り返った陛下に体をさらうように抱えられて運ばれたコレットは、黒い馬の影に入れられた。
「ここに隠れていろ」
そう言い置いて行ってしまう陛下を止めることができず、コレットは皆が無事なことを祈るしかできない。
そんな彼女の傍に、危険を顧みずに走ってきたリンダは震える手をぎゅっと握った。
「コレットさま。大丈夫でございます。きっと陛下たちが敵を倒してきてくれます」
そういうリンダの手も声も震えていて、コレットもぎゅっと彼女の手を握り返した。
やがて辺りが静まり、戻ってきた陛下がコレットの手を引いて立ち上がらせて、青ざめた頬をそっと撫でた。