狼陛下と仮初めの王妃
「すまない。まさか、襲われるとは。油断していたな」
「陛下、今のは、なんの敵なのですか……?」
「分からない。だが、王妃である君を狙っていたことは確かだ」
「取り逃がしましたが、我らが王妃と出かけることを知っていたのは、限られています。犯人を見つけるのは容易いでしょう」
そう言って剣を鞘に収めるアーシュレイの頬に血がついている。
その血を、青ざめて強張った表情のリンダが、ハンカチでそっと拭った。
「おそらく、敵は、力を戻しつつある一派でしょう。これからも陛下並びに王妃を襲うかもしれません」
アーシュレイがそう言うと、陛下も眉間にしわを寄せてうなずいた。
コレットは内戦の時以来の恐怖を肌で感じ、震える体を押さえられないでいる。
自分が襲われることもだが、まだまだ陛下に刃を向ける敵がいるのだと思い知ったのだ。
摘み取った花は抱きしめたあまりにくしゃくしゃになっており、コレットはそっと野に帰した。
その瞬間、涙が頬を伝ってぽとりと野に落ちた。
襲われた恐怖と、楽しさが台無しになった悲しみがごちゃ混ぜになり、あふれ出る涙が止まらない。
そんな彼女の体を陛下は引き寄せ、あふれる涙を指先で拭った。
「大丈夫だ。私が、必ず君を守る。だから安心しろ」
陛下の眼差しから伝わる熱が、コレットの心にしみこんでいく。
彼の傍にいれば大丈夫だ。そんな安心感がわいてくる。
「はい……はい、陛下」
コレットは涙が止まるまで陛下の胸に顔をうずめて気を落ち着かせ、行きよりも警戒を強めながら城へと戻った。