狼陛下と仮初めの王妃
すべての書状に目を通して可否を判断し終わり、コレットは小さな息をついて壁に目を向けた。
そこには小さな振り子時計があり、針は午後二時の少し前を示していた。
マリアがお茶を持ってくるまでには、だいぶ時間がある。
コレットは扉の前に立つと、廊下にいるであろう者に声をかけた。
「今から書庫に行きます」
そうすると、すぐに扉が開かれる。
『あなたは、絶対に、自分で扉を開けてはいけません』
裏山で襲われた翌日にアーシュレイにそう言われてから、コレットは面倒だと思いつつもそうしている。
廊下には護衛の騎士が控えており、コレットが一歩出ればスッと後ろについて、周りに目を光らせる。
書庫までの、ほんのわずかな距離でも近衛の騎士がつくなんて、庶民のコレットにすれば、お手数をかけてしまい申し訳なく思える。
城の中ならば、山の中のように隠れる場所もないし、騎士以外に弓矢や剣などを持つ者がいれば速攻で捕らえられる。
だから安全だと思うのだけれど、陛下の考えは違っていて、襲われた日の夜にしっかり言い含められている。
あの夜、いつものように部屋に来た彼は……。
『調べてもいいか?』と言いながら、窓際のひじ掛けの椅子に座って刺繍をしていたコレットの体をスッと抱き上げて、ソファにそっと下ろした。
そして、『え?』とか『あの』など戸惑いの声を上げるコレットの肌に、指先で丁寧に触れてきた。
頬、首筋、デコルテ、腕、それに足までも。傷がないか、調べているかのように。