狼陛下と仮初めの王妃
「ひとことでいえば、謎めいていて、手に入れたくても、なかなか手を出せないものだ。強引にすれば、きっと壊れる」
そういう陛下の瞳には憂いがあるように見える。
狼と呼ばれるほどに強く、しかも一国の王であれば、ひとこと命じるだけでなんでも手に入るはずだ。
そんな彼でも難しいものがあるとは、いったいなんだろうか。
紫色の瞳の中心には、コレットが映っている。
けれど、彼の心の中には、ほしいものが浮かんでいるのだろう。
切ない瞳をさせるほどに、欲しているもの。
それがなんなのか知りたいけれど、コレットには尋ねることができない。
コレットは、持っていた書物をぎゅっと抱きしめた。
「さあもう戻るぞ。君の部屋には、お茶が運ばれてくる頃だ。私も時間切れだ。執務に戻る」
陛下に背中を押されて書庫を出て、お互いの執務室へ戻った。
王妃の執務室に入れば、途方に暮れた表情のマリアがワゴンの脇に立っていた。
時計に目をやると、お茶の時間を十分ほど過ぎている。書庫の中に結構長い時間いたのだ。
「マリア、ごめんなさい。お茶は冷めてしまったかしら?」
「いえっ、大丈夫ですっ。お待ちください!」
マリアが入れてくれたお茶を飲んで、陛下のほしいもの発言を頭から懸命追い出し、コレットは外交の書物のページをめくった。