狼陛下と仮初めの王妃
カメになみなみと入ったミルクのおかげか、泥棒の足はすこぶる遅い。
めったに走ることのないコレットでも、全力疾走すると容易に追いつくことができ、泥棒男の茶色いシャツをがっちり掴んだ。
「なんだこの女!?おい、離せよ!」
泥棒男はコレットの手を振りほどこうとするが、カメを抱えているせいでうまくできない。
「わたしは、そのカメの持ち主なんです!返しなさいっ。大事な商品なんだから!」
はあはあと荒い息を吐きながら睨むと、泥棒男はしっかりミルクのカメを抱え込んだ。
すでに捕まったというのに、あくまでも離さないつもりらしい。
「これは、城に納めるものなんですから!」
コレットが奪い返そうとカメをつかむと、泥棒男はさらに抱え込む。
「うるせえっ、離せよ。これは、俺のだ!」
「違います!どうして、そんなに、これがほしいんですか!?」
泥棒に話しかけつつ、一生懸命カメの上部を持って引っ張っていると、白い何かが素早く通るのを目の端にとらえた。
同時に、ヒュンッと、一陣の風がコレットの頬を撫でる。
「うげえっっ」
カエルがつぶれたような声がし、気づけば、目の前にいる泥棒の腹に、拳で一撃を食らわせた格好の騎士がいた。
力を失くした泥棒の腕からすぽっとカメが抜け、力任せに引っ張っていたコレットはそのままカメに振り回されるようにして背中から倒れていく。