狼陛下と仮初めの王妃
ミネルヴァは陛下の婚約者だから、サーラを勧めたと言っていた。
もしもコレットが食べようとしたら、ミネルヴァは本当に止めてくれたのだろうか。
カタカタと小刻みに震える体を、陛下はぐっと引き寄せて腕の中に入れた。
「大丈夫だ、こんなことはもう二度と起こさせない。だから君は今まで通り安心して生活すればいい」
安心しろと、大きな手のひらで髪を撫で、頭の上でささやくような低い声は、いつもの威厳あるものと違って優しく聞こえる。
それは、コレットには十分な安心感を与えた。
そう、彼は狼陛下。彼がそう言うのなら、もう大丈夫なのだ。
この腕の中にいるように、何も心配することはない。
そう確信できる強さがあった。
「……はい、陛下。もう、平気です」
腕の中にある体の震えが止まったことを確認し、陛下はリンダにコレットを託した。
「アーシュレイ、あとを頼む。私は執務に戻る」
「はい、承知しました。お任せを」
アーシュレイは去っていく背中を見送ったあと、コレットに向き直ってキラリとメガネを光らせて言った。
「さあ、教育の時間です。我々も戻りますよ。あなた、ダンスのステップ、覚えていますか!?」
「お、覚えています……」
コレットは頭の中で昨日の教育をおさらいした。
そう、今はダンスだ。今まで一番難関な内容だった。
サーラの一件は頭の隅に追いやり、コレットはリンダとともに城へ向かうアーシュレイの背中を追った。
婚姻の儀式まであと二日しかない。
今日も、みっちりな教育が始まる……。