狼陛下と仮初めの王妃
「きゃあっ」
頭の上に振り上がっていくカメをどうにも制御できず、もう駄目だ倒れる!と覚悟した瞬間、彼女の背中は何者かにしっかりと受け止められていた。
「すみません。助けてくださりありがとうございます!」
背後にいる誰かにお礼を言い、カメを取り戻したことを喜んだのも束の間、肝心の中身が空っぽなことに気がつく。
なんと、今の勢いで全部零してしまっていた。
「どうしよう……城に届けるものがひとつ減っちゃった。困ったわ」
空っぽのカメを見つめながら途方に暮れるが、このあとすぐ、それ以上に困った事態に陥っていることを知る。
「サヴァルさま!大丈夫でございますか!?」
「え?サヴァルさま……?」
国王陛下と同じ名前を耳にし、コレットはこくんと息をのむ。
零れてしまったミルクの行方は、まさか……。
恐る恐る声のする方を振り返ったコレットは、ショックのあまりに失神しそうになった。
そこにいたのは、ミルクをかぶってずぶぬれになった黒衣の騎士。
長めの銀の髪から、ミルクがぽたりぽたりと滴っていて、黒い騎士服はまだらに白くなっていた。
紫色の瞳は鋭い光を放ち、微動だにせずコレットを見下ろしている。
もしや、本物の国王陛下なのだろうか。狼のように恐ろしいと評判の……。
全身から血の気が引いていくのを自覚しながら、コレットは地面に頭をこすりつけんばかりに頭を下げた。