狼陛下と仮初めの王妃
今の世は平和で、ニック夫妻も“暮らしやすくなった”と言ってよく笑っていた。
コレットには政治の難しいことはさっぱり分からないが、アーシュレイが言っていたことだけは理解できる。
陛下をたぶらかして、国を牛耳ろうとする者がいると。
そんな人たちから陛下を守るのが偽物王妃の役目だと。
お沙汰で与えられた役目とはいえ、コレットは改めて決意するのだった。
陛下を守らなければ!と。
「わたし、がんばるわ!」
胸の前で手を組んでリンダ相手に宣言をすると、教室の扉がコンコンと叩かれた。
振り向けば、開いたままの扉を肩で支えるようにして、アーシュレイが立っていた。
手には、丸みを帯びた木の箱のようなものを持っている。
「さあ、おしゃべりはおしまいです。練習を再開しますよ。リンダ、ごくろうさまでした」
アーシュレイは扉を支えた姿勢のまま、リンダが教室から出ていくのを見送った。
リンダは横を通りざまに少し頬を染め、それを見たアーシュレイは僅かに微笑んだ。
「さて、ダンスですが。もうステップは完璧のご様子なので……今からは、パートナーと一緒に曲に合わせて踊っていただきます」
アーシュレイは丸っこい木の箱を開けて、バイオリンを取り出した。
「まさか、それ……弾けるんですか……?」
「もちろんです。なめてはいけません。幼いころは、楽師を目指したこともありますから。短い曲をひとつ聴かせましょう」
アーシュレイはバイオリンを構え、すっと目を閉じた。