狼陛下と仮初めの王妃


彼の体をまとう気が静まり、部屋の中空気がピンと張り詰める。

弦にあてた弓をスッと引くと、のびやかで優しい音楽が奏でられた。

そのゆったりとさわやかなメロディは、草原を渡る風を思わせ、コレットの耳と心を満たしていく。

やがて曲が終わり、バイオリンを下して一礼した彼に盛大な拍手を送る。

でも、彼が音楽を担当するのなら、誰がダンスのパートナーになるの?と思う。

その疑問は、音もせずに開いた扉の向こうにいた人物が、答えをくれた。


「久しぶりだな、アーシュレイのバイオリンは。廊下まで響いていたぞ。昔と変わらずいい音だ」

「いや、久しぶりなので硬い音ですよ」

「……少々遅くなったな?」

「いえ、今始めるところです。お願いいたします」


うむ、と短い返事をしてコレットの前に来たのは、銀の髪に紫色の瞳の人。

そう陛下だった……。


いきなり陛下とのダンス!?

あまりの驚きでカチンと固まるコレットに対して、陛下は銀の髪をサラリと揺らし、流麗に礼をとる。

コレットもぎこちないながらもドレスの裾をあげ、挨拶を返した。


「君は、緊張しているのか?一番簡単なステップだぞ」


震えるコレットの手を握る陛下の手は、大きくてあたたかい。

優しく感じるけれど、下手だから怒られてしまいそうに思う。


「はじめてなので……その、下手で……すみません。他のお方と、練習したあとの方が、いいのでは……?」



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