狼陛下と仮初めの王妃
たった一週間前は牧場の娘で、牛と鶏に囲まれた生活だったのに、偽の王妃としてうまく立ち回っていけるのだろうか。
貴族方との社交なんて、できるのだろうか。
何もかもを止めて逃げたくなる。
だが、“お沙汰”という状況と“陛下を守る使命感”がストップをかける。
余計なことを考えるからいけないと分かっているが、どうにも止められない。
すると、ふと、陛下の言っていたことを思い出した。
今朝、食事の間に向かうときに言われたこと。
『君は、今もこれからも、君らしく振舞っていろ』
これは、階段を下りるときにぽつりと言われた言葉だ。
突然で脈絡がなく、何のことだか分からなかったけれど、今思いだせば少し気が楽になったことに気づく。
「あのとき陛下は、わたしが不安になるのをお見通しだったのかも……?」
まだ胸の中では責任と不安と緊張がせめぎ合っている。
でもほんのちょっぴり、楽しみな気持ちもある。
楽しみ、などという感情があることに自分でも驚くが、その正体は分からない。
カーテンの引かれていない窓からは、月明かりが射し込んでくる。
満月が近いのか夜にしては明るく、夜回りの騎士が歩く姿がよく見える。
気づかなかったが、もうかなり夜は更けているよう。
「そろそろ寝なくちゃ。明日は早いのだから」
コレットは紙をサイドテーブルの上に戻し、明日は粗相をしないことを祈りながら眠りに就いた。