狼陛下と仮初めの王妃
婚儀の朝、都街には冷たい霧が立ち込めていた。
盆地であるガルナシア国によくある現象で、都の人たちは霧が晴れるまで外出を自粛している。
アルザスの山肌から下りてくる雲のように濃い霧は、城下の家並みを覆い隠してしまい、白亜の美しいガルナシア城も白く霞める。
わずかに吹く風は靄を少しずつ流し、城の紺色の屋根が現れては消える。
そんな何もかもを覆い隠すような霧の中、ガルナシア城の敷地内では小道を歩く人影がひとつあった。
その人物は白いローブを身に着けている五十代くらいの男性で、ランプを手にし、東の隅にある鐘つき堂を目指していた。
お堂の鐘は、国にとって重要な出来事がある日に鳴らすもの。
男性にとっては勝手知ったる道ではあるが、数メートル先も見えない状態に辟易していた。ランプがちっとも役に立たない。
「やれやれ、昨夜は天気が良かったのに、濃霧とはついていない。時間までには晴れるといいが……」
やがて男性の進む先に、白亜の鐘つき堂が見えてきた。
霧の中にうっすらと浮かび上がるそれに、庭の木立から漏れる光芒が幾筋もかかっている。
「なんと……ここだけ、日が届いているとは。これは……」
男性はその光景の美しさに、思わず足を止めて見入ってしまった。
お堂にかかる斜の光は七色に輝き、なんとも神々しい。
まるで天が今日という日を祝福しているかのように思える。