狼陛下と仮初めの王妃


「これは、いい兆しだぞ。今日を境に、ガルナシアは今よりもっと発展する。きっとだ」


男性はそう確信し、微笑みながら天に祈りをささげた。

そして鐘つき堂に入り、思いっきり紐を引っ張って威勢よく鐘を打ち鳴らした。

その表情は、濃霧をも吹き飛ばすほどに晴れやかだ。


男性が鳴らす厳かな鐘の音は静かな都街に響き渡っていき、アルザスの山の上まで届く。

もちろん、ニックの牧場にも。

びりびりと振動するような音の波動で、小屋で眠っていた牛たちの耳がぴくんと動いてぱちっと目を覚まし、しっぽをくるんと回す。

鶏たちはいっせいに鳴き声をあげて羽をばたつかせ、羽毛を小屋の中にまき散らした。


そして、赤い屋根の家の中では……。

鐘の音が鳴る前から起きていたニック夫妻は、びりびりと窓が揺れるのを見て、キョトンとした表情で互いを見つめ合っていた。


「ねえニック、お堂の鐘を聞くのは久しぶりだねえ。陛下の即位式の日以来だよね?」

「そりゃあ、アリス。今日はあれだろ?陛下がお妃さまを迎えられる日じゃないか?」


のんびりと会話を交わすふたりの表情が一瞬固まり、何かを思い出したようにパッと輝いた。

あまりの霧の濃さに欝々として忘れていたけれど、そうだ、そうじゃないか。今日はとってもおめでたい日じゃないか!


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