狼陛下と仮初めの王妃


今から何をされるのか知っている。

庶民の結婚式でも必ずあるもの。

そう、誓いのキスだ……。


覚悟をしていても、睫毛と唇が震えるのを自覚する。

初めてのキスが偽の儀式で、しかもちっとも愛されていない人とするなんて、切なさを感じてしまう。

せめて、自分が陛下を愛していたら、気持ちも違うのに。

すると、頬からぬくもりが消え去った。


「……人前で口づけをするのは私の性分ではないな。我が妃への愛の誓いは、騎士王らしいものとしよう」


コレットの青い瞳に、ひざまずいている陛下の銀の髪がふわりと揺れるのが映る。

そして宝剣を持っていない方の手が取られ、陛下の口元に寄せられていく。


「妃に、愛と忠誠を誓う」


コレットは、指先に柔らかなものがそっと触れているのを感じた。

見届け人たちから、ちょっとしたざわめきが起こる。

みんなとなりの者と顔を見合わせ、小声で何かを言い合っていた。

そんな彼らを一瞥して口角を上げた陛下に、立ち上がるついでのように片腕で子供抱きにされ、コレットは小さな声を上げた。


「婚姻の儀式は滞りなく完了した。我らは、これで失礼する!」


そう宣言する陛下に、抱き上げられたまま儀式の間から連れ出されてしまった。

呆気に取られている司祭と、眉間にしわを寄せる見届け人たちを残して。


そして儀式の間では、主役がいないまま、司祭はぽつりと宣言していた。


「これにて、婚姻の儀式は終了いたします」


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