待ち人来たらずは恋のきざし
「あの、だからですね?そういう事だから、泊めて貰わなくても全然大丈夫な訳で…」
小細工をしようとしたのは私だけど、強引に連れて来たのは貴方ですからね?
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「あんたの部屋がここに無くて、住んでるのが余所のマンションでも」
はい?
「もう俺ん家入っちゃったし。今更帰るのは面倒臭いでしょ」
いや、いや。帰るのは私だ、全然面倒臭くなんか無い。
まだ服だって着替えても無いし。
直ぐにでも帰れるというもの。
話さないといけない事も、もう済んだ。
…雑談する事も無い。
このまま居たって妙に気まずくなって行くばかりでしょ?
…どうして?
「俺はそういちろう、あんたは?」
「え?…あ、名前?そういちろう?」
変わった名前では無いと思う。でもちょっと驚いた。…こんな事もあるんだ。
自己紹介とかするの?このまま帰るなら、私、名乗らなくてもいいんじゃないの?
「そう。な、ま、え。名前くらいいいよな?」
…あんたって呼ばれたくないなら、って事、かな。
「…私は、…けい」
「けい?けい、だけ?」
「はい、けい、だけです」
「けい…取り敢えず、珈琲飲み終わったら帰ろうかって思ってるだろ」
「え?」
「何気にピッチが早い」
あ…早く帰ろうと思ってたから、自然とそうなっていたのね。
…よく見てる。
「…そうですよ?だってお泊りする理由は元々無いから」
「ちょっと待ってて」
はい?何?
チューリップの蕾のような細いグラスを二つ、脚を指に挟み、左手には何やらボトルを持って戻って来た。
綺麗な持ち方というか、手が綺麗なのかな。
…お酒、飲むつもりなの?
テーブルにグラスを置いた。
「あって良かった。これはスパークリングワインだ。
あんた、…けいが飲んでいたカクテルと同じくらいの度数だから大丈夫、強く無い。
飲んでもさっきみたいな感じだ、平気だから」
「え…あの、もう、お酒なんて飲まないですよ?帰るし」
飲めばまた、少しフワッとする時間を過ごさなければいけなくなる。
…え?もしかしてそれが狙い?…。
「もっと何かあるといいんだけど、こんくらいしか無かった」
…強いお酒があれば、尚、良かったって事?
私の言葉は、まるで聞こえ無いかのように、ボトルを開けるとグラスに注いでいた。
シュワシュワと、小さな真珠のような泡が昇っては消えを繰り返している。
淡くて綺麗な色…。
だけど…これって一体、どういうつもり。