待ち人来たらずは恋のきざし


「課長?冨田課長?」

「…あ、…あぁ、浅黄か」

会社の建物を出たところで、少し前を歩く課長の背中がぐらついたのが見えたから、思わず駆け寄っていた。


「どうしたんです?」

「…何でも無い。ちょっと怠いだけだ…」

「熱があるんじゃないですか?」

「ああ…多分な」

…。

「送ります。大丈夫ですか、歩けますか?
肩…は、貸せないから、支えますね。
今、タクシーを停めますから」

「待て、浅黄…、大丈夫だ、構うな、止めておけ」

「心配しないでください。部下として送り届けるだけですから。

それに、こんな状態の課長が何か出来るとは思いませんから」

「…フ。全く、お前と言う奴は…」

今日は遅出の日で会社を出るのも課長とほぼ同時だった。
…思えば、私、金曜は遅出が多い気がするな。仕組まれてるのかな…今更か。

課長とは、特に、あれ以来何も触れないから、また以前と変わらない距離感だ。


「あ、タクシー停まりました。乗りましょう、大丈夫ですか?」

「…あぁ、…大丈夫だ。一人で大丈夫だから、浅黄は帰れ」

大丈夫って、…大丈夫じゃないのに。目茶目茶大丈夫じゃなさそうじゃないの。

身体が大きいから、強引に押し込むようにして乗せた。

「近くてすみません。○○迄、お願いします。
あ、途中ドラッグストアがあったら停まってください」

「はい、解りました。出しますよ」


きっと、何も無いだろう。薬も、食べる物も。

どんな関係でも、奥さんが居た時はきちんとご飯を食べ、具合が少し悪ければ、それなりにして貰っていたはずだろうけど。

「そこの薬局、停まりましょうか」

「はい、お願いします」

待ってて貰う事にして、素早く買い物を済ませ戻った。

「よろしいですか?出しますよ?」

「はい」

課長、風邪かな。疲れもあるのかも知れない。
慢性疲労ってやつかな。

「浅黄…、薬代もタクシー代も俺が出すから」

「はいはい。後で纏めて請求しますから。
まだこれからお世話代も加算されるんですから、精算は最後ですよ」

「…フ。全く…。高く付くな」

「はい、高いです」


課長のマンションに着いた。

気持ちだが、お釣りはいいからと言ってお札を渡し、課長と一緒に降りた。


薬局の袋が重い…。

「支えてるからって、ここぞとばかりに、過剰に寄り掛かって来ないでくださいよ…」

「そんなつもりは無い…そっちこそ、過剰にさわったらセクハラだぞ」

フッ。何だか、可笑しいやり取り。


マンションの中に入りエレベーターに乗った。

「課長、鍵、出せますか?」

「…上着の内ポケットに…、すまん…、浅黄」

だいぶ弱って来たな。

「何しおらしい事を言ってるんですか。
取り出しますよ」

チン。

「さあ、着きました。もう少し頑張ってくださいね。
まだ、気、抜かないでくださいね、重いんですから」

「…ああ解ってる」

力の無い課長を支え、水も入っている薬局の袋を持ち、重い事極まりなかった。

私こそ、あと少し、頑張れ、だ。


やっと部屋に入り、荷物を落とすように置き、課長をベッドに運んだ。
ドサッと倒れ込んだ。

「お、おい…浅黄」

手早くスーツを脱がせた。勿論、上着だけじゃなく下も。

「無駄な抵抗はしないでくださいよ。課長…、今は病人だから仕方ないですよ。勝手に色々しますから。
パジャマとか、楽に着てる部屋着とかあります?どこです?
あと、下着があるところ」

「…浅黄」

勘弁してくれ。あ゙ー、もぅ…。

「…あっちだ」

はいはい。
スウエットでいい。これを着せよう。

「パンツ姿になりますよ、いいですね?」

嫌って言われても止めないけど。

「ああ…、すまん」

がー、…浅黄ぃ、…はぁ。

ネクタイを解きパパッとワイシャツを脱がせて着せた。

靴下も脱がせた。

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