待ち人来たらずは恋のきざし


「ちょっと、薬とか取って来ますから」

布団を掛けた。
取り敢えず熱がある事は解る。

「あ、浅黄」

「はい?」

「いや、…何でも無い」

「大丈夫です。私は、これ以上は襲いませんから。
課長もでしょ?」

「当たり前だ」

「じゃあ、大人しく横になっててください」

…。


風邪のひき始めにと、よく知られている漢方薬と薬を飲ませた。

「はぁ、…すまん…浅黄」

「お世話代プラスしますから、高いですからね」

「…あぁ、解ってるよ」

「少し勝手にキッチンを使います。
何か口に入れる物を作りますね。
私もお腹が減ったので」


手早く雑炊を作った。

この程度の物ならまだ食べられるだろう。

お鍋があって良かった。


寝室に運んだ。

「…課長?ご飯、食べられますか?
気持ち悪くないなら食べますか?」

「ゔん、食うぞ。弱ってる場合じゃないからな」


「はい」

お皿に取り、起き上がった課長に渡した。

…ん?…はい?課長が中々受け取らない。

「…浅黄、ここはフーフーして食べさせる場面だ」

「あー、もう、…本当、高いですからね」

「あぁ、解ってるから。…頼む」

はぁ、弱ってる事をいい事に…。
して欲しい事は何でもさせるつもりなのかしら?

「…一口だけですよ、後は自分で。
フー、…。はい、…どうぞ。
熱く無いですか?味は?解りますか?」

「…大丈夫だ。普通に美味い」

「…そうですか」

まあ?ご飯も買ったパックのご飯で、雑炊の素で調理したし。


雑炊の入ったお皿を渡した。

「はい。後は自分でお願いします。
程々に食べたら休んでください。
多分、今から熱が出ると思いますから」

「ん」

「私、少し、片付け物をしてますから。
勝手に掃除と洗濯、していいですよね?」

「したいなら、やらさせてやっても俺は構わないが」

「フ。では、有り難くやらさせて頂きます」

「…浅黄、すまん。関係無い事まで悪いな」

「だから…高いだけですよ、謝らないでください。居るついでです」

ベッドを離れようとした時、手を握られた。

「片付けが終わったら帰るのか?

なあ、浅黄…相手の男、随分若いんだな。…まあ、俺から見てと、浅黄が見てでは印象は違うか」

「随分弱気ですね…直ぐには帰りませんよ、病人をおいてなんて。

…私から見ても、若いと思ってますよ。

今、こう言っては何ですが、課長は若くないんです、熱だけだと思って帰って、後で急変したら、私が後悔するじゃないですか」

「フ、人を勝手に重病にするな…」

「解りませんよ?今日の症状とは別に、突然…なんて事、無いとは言えませんよ?

お酒も沢山飲んでるみたいだし、ご飯もちゃんと食べてなさそうだし。
肝臓は沈黙の臓器。痛みが無いって言いますから。
気がついた時は…」

「…だから、勝手に殺すな」

「はい。一人だから、少しは気をつけてくださいって意味です…もう手を離して貰えますか?

…凄く、あの男は、全てにおいて優しい男ですよ」

「随分惚気るな…」

「はい。今惚気なくていつ惚気るんですか」

「ふぅ…そうか。解ったよ」

渋々といった感じで手は離された。

ったく…、大量に睡眠導入剤でも飲まそうかな。
…雑炊に入れておけば良かったかな。

あ、私も食べるんだった…。危ない危ない。

…危ないじゃないの。

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