待ち人来たらずは恋のきざし
「課長」
許した覚えは無いんですけど?…何ですか、病人の特権て…。
勝手に決めて、勝手に腕の中に収めて…。
「こうしていると、お互い裸じゃ無いが、思い出すよ…」
「思い出さない方がいいと思います」
「ん、解ってる。大丈夫だ、心配するな。
今は熱のせいでどうにも…。だから心配するな」
…今は、ですか…左様ですか。
「浅黄…、俺はな、言い続けるぞ?」
「え?何を…」
「いつが俺にとっていいタイミングか解らないからな」
「あ、の?」
「ん?浅黄だから、わざと解らない振りをしてるんじゃないだろうけど。
例えばだな、昨日、俺が浅黄に、好きなんだけどどうなんだ、と言ったとして、それが駄目だったとする。
それで、諦めて、今日言わなくて、…暫く言わなくて、言った頃には今とは違う別の男を好きになっていたりしたらどうする?
その間、俺にチャンスはあったかも知れないのに。
俺は言い続けなかった事を後悔する事になる。
だから俺は、浅黄が自分の心の状況が解らないなら、チャンスはあると思っている。
俺は俺の気持ちを言い続けるだけだ。
ずっと浅黄だけだ。変わらない、好きなのは浅黄だけだ。
で、今日も好きなんだけど、浅黄はどうなんだ?
今日はタイミングは合わないか?」
「はい」
「…フ。全くおくびにも出さないな」
「ここに来ている事、内緒にもしてないんです。
課長のところに居る事はちゃんと伝えてありますから」
「…そうか。…そうか。
浅黄、寝よう…眠くなって来た…」
「はい」
いいのか悪いのかって言ったら、これは良くないに決まってる。
余程睡魔が来ていたのだろう、課長に抱かれたまま、私も直ぐに眠りに堕ちた気がする。
見上げれば直ぐ近くにある顔。課長の息はまだ熱かった。
程なくして、目を覚ました時は課長の腕の中に居たままだった。
…はぁ、私は眠れないんだ。
完全な裸ではない。
長めのキャミソールは着ている。
だから服を脱げたという事もある。その判断もどうなんだか…。良くはない。
初めてこの部屋に来た時もこの部屋だった。
この部屋はもう新居用に用意されていた部屋だったのだという事が今になってはっきり解った。
確か、前に勘違いで、部屋に来いと言われた時、部屋は変わってないとは言っていたけど。
思えばここは結婚生活を送る為の部屋、それよりも先に、私はこの部屋で、このベッドでしてしまった、という事になる…。
はぁ、あの時はそんな事まで思いもしなかった…。ただ課長だけを見ていた。
何て事をしてしまったのか…。
寝室の他にも部屋が数部屋ある。
きっと未来の為に…。
ここはそんな部屋だったんだ。
課長は引っ越しもせず、ずっと住み続けている、という事は、賃貸では無いのかも知れない。
「…んー、…眠れないのか?浅黄…」
「あ、ごめんなさい、動いて起こしましたか?」
「いや、浅黄の心臓が騒がしくなったんだ。
ドクドク、ドクドクッてな。
密着してるから俺に響いて来たんだよ」
あ、…。
「ん?離れる必要は無い。
…あー、何か楽になってるぞ浅黄。
浅黄のお陰だな。俺、治ったか?」
「薬のお陰です。まだ治ったとか違うでしょ。
それにセクシーな鼻声ですよ」
「フ、ハハ。魅力的か?
薬のお陰はお陰だ…そうだろうけど、そうじゃないさ。
浅黄が面倒を見てくれたお陰だ。
手当、と言うだろ?
こうして、身体に触れて、安心する事が何よりの看病だよ、浅黄が特効薬なんだ」
「課長…」
もう…溺愛過ぎませんか?
熱に浮かされていると思っておきますから。
「眠れなくてもいいから。
ゴソゴソ動いてもいいから、まだこのまま居てくれないか。
俺はまだ病み上がりなんだからな?」
もう、課長は…病気を利用して…。
「好きなんだから、あの手この手、使えるもんは使うだろ、普通。
俺はちょっとでも一緒に居たいんだから…。解ってるだろ。
だから構うなと言っただろ?
それでも来たのは浅黄だ」
…解ってます。
「では、私はその上をいく、課長を手玉に取る女にならないといけませんね」
「フ。どうとでも…好きにしろ」
「はい。早速そうします。
では寝ましょうか、課長。…手当ですよ」
課長を抱きしめた。
景衣…。フ、相変わらず無邪気だな。
だから小悪魔なんだ。
…上手いもんだ。俺が何も出来ないって解ってるんだからな。
充分、手玉に取ってるよ。…昔も今も。
俺は俺の気持ちで抱きしめるからな。
…景衣、俺は本当に好きなんだぞ。ずっと待ってるからな。