待ち人来たらずは恋のきざし
「…なあ、浅黄、一緒に暮らさないか…」
「はい?…何をぶっ飛んだ事を…。
今のは寝言ですか?戯言ですか?
どうして課長と…」
「浅黄のプライバシーは尊重する。部屋は好きに使える程ある。
浅黄は家賃も要らない。
こうして寝たくなったら俺に声を掛ければいい。
何なら、性の衝動にかられたら、お相手も出来ちゃうよ?
どうだ?ボーナスポイントが色々あるぞ?」
寝たくなったら俺にって…、それは逆でしょ?
言ってる課長がそうしたいって事でしょ?
「…何基準の話なんですか…」
「浅黄基準の話だ」
「…もう、全然解りませんよ、その言い分。
私には、課長の思い通りにしたい基準の話としか取れませんけど。
それにこの部屋では嫌ですと言ったらどうするんですか?」
「それは無いな、浅黄は気にするタイプでは無いと思う。部屋は部屋だ、そう考えるタイプだ」
確かにね。まあ、こだわりはしないかも知れないけど。
「解んないかなぁ。全然、難しく無い話だけどなぁ。
要は、どんな浅黄でもいいから、一緒に居たいって事だろ」
…甘い。結局はこうして好きを推して来る。
流石、好きをずっと持続すると宣言しているだけの事はある。
「でも…、私は面倒臭いんです。
毎日毎日、エレベーターと格闘しないといけないから。…あっ」
「どうした?
それは心配無いじゃないか、例え浅黄が一人で乗れなくても、頑張って乗ってみようとして失敗しても、俺がいつも居る。
職場は同じだ。朝だって、帰る時だっていつも一緒に乗れる。だろ?」
「そう言われればそうですが。
だけど、課長!」
「…だから、さっきからなんだ」
「私、エレベーター、乗りました」
「は、あ…確かに乗っただろ、俺と」
「はい。来た時は、課長を運ぶのに必死だったし、課長も一緒に乗りました。
でも、ゴミステーションに行く時は、一人で乗って、一人で帰って来ました。
知らない間にどんな時も乗れてました」
「それは、夢中というか、エレベーターに意識が無かったからじゃないか?
さあ、乗るぞって身構え無かったからだ多分。
俺を運ぶのに一所懸命だったから」
「かも知れませんね。…フフ。
これは課長の病気のお陰ですね。
予期せぬ誤算です」
「それは、浅黄の意識の問題だ」
「長く目を離しちゃいけないと思っていたから、気持ちが急いだんです。
だから課長のお陰なんです」
「それは…、まぁ、好きに納得しろ」
「はい。あ、ここは家賃が無いって…課長の持ち物なんですか?」
「ああ、支払いは済んでるからな」
「そうなんですね」
「…、で?どうなんだ?」
「そんな事、無理に決まってるじゃないですか」
「無理の理由は」
「そんなの…」
「あいつが居るからか」
「はい」
「この話も、この先ずっと有効な話だから、忘れるなよ?
いいか?どんな浅黄でも俺はいいんだからな?」
「覚えておきま〜す」
「…全く。真面目な話だからな?」
「はい。
もし…もしもです。私が一人ぼっちになる事があったら…、どうしようもなくなった時は、…その時は話し相手になってくれますか?」
「…あ?あぁ、何だ神妙な顔をして…勿論だ。いつでも何でも聞いてやる。いつだって構わない、来い。
そんな事、一々心配しなくても大丈夫だ、ずっと好きなんだから」
課長…。
「無い話です…でも…、有難うございます」
…浅黄?
朝になって、私は課長の部屋を後にした。
課長はぐっすり眠っていた。きっとよくなるだろう。
目が覚めたら食べられるようにご飯の用意をして帰った。