待ち人来たらずは恋のきざし


「…はい」

グラスを持ち上げ渡された。

「だから、アルコールは飲めないから無理なんです。もう今日は…」

「いくつになったのか知らないけど、誕生日おめでとう、だろ?」

「…え、え?」

当たらない程度にグラスを寄せられた。

「バーで、…マスターに聞いたから」

あ…、まさか。こんな事をされるなんて…、思いもよらなかった。

「何て言ったらいいか…ごめんなさい」

男は一気に飲み干していた。

邪な考えを一瞬でも巡らせてしまった事が凄く恥ずかしくなった。

思えば、この男、言葉遣いは少々荒くて、勘違いはしていたものの、初めから気遣ってくれた事ばかりだった気がする。

そんな人を、危険な人だとか、勘違いして失礼な事ばかり考えたり、したりしているのは私の方だ。

「なんで、ごめんなさいなんだ?」

二杯目をグラスに注いでいた。所作がスマートだ。
きっとお酒、強いんだろうな。このくらいはジュースみたいな物なのね。

「私…ちょっと…ずっと貴方に酷いから」

「何が?普通だろ?
初めて会った男に、警戒しない女の方がどうかしてる。
…あ、そうだ…、ちょっと待ってて」

またですか…今度は何でしょう。

戻って来た。

「これ、あんまり残って無いし、お洒落な出し方でも無いけど」

はいどうぞ、とテーブルに置かれた物は、高そうな箱に入ったチョコレートだった。

「これ貰い物で、好きなやつばっかり先に食べちゃったから、けいが好きなやつは無いかもしれないな。

スパークリングワインに合うかって言われたら…違うかも知れないけど。
美味いのは美味いから」

…自己紹介をしてから、ちょっと気になる事は出来てる。

「…有難う、頂きます」

「ちょっとごめん」

今度は何…。とても細々と動く男だ。


「ごめんごめん。忘れてた。
今、風呂、溜めてるから」

あ、え?…私に入れって事でしてくれてるのよね、やっぱり。

「あの…ですね?」

「もう泊まって帰れよ」

えー、そんなのは…駄目に決まってるでしょうが。どうしてよ。

男はチョコレートを一粒食べた。

「…甘いのしか残ってないな…」

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