待ち人来たらずは恋のきざし
あー、やっぱり思い出そうとしても部屋に入ってからの事が…靄がかかったみたいで上手く思い出せない。
…ちゃんとベッドに寝ていたのはこの男のお陰なの?…よね。
そもそも、部屋の中に居るって事が…私が入れたの?
解らない…。でも入ったから、今居るのよね。
さっきの言い方だとパジャマって…自分で着たものでは無いって事になる。
ゔぅ…考え無い、聞かない方がいい。…よし。
「朝ご飯は私が作ったものでいいなら私が今から支度します。
だけど買い物には行きません。
プレゼントを頂く理由も無いし、それに、昨夜、ワインで祝って頂きました。
充分です、有難うございました」
「はぁ。縁ってやつだと思えばいいんじゃ無い?
昨日まで俺と景衣は存在すら知らない、そんな関係だったのに、…バーで会った。…その後もすぐに会ってしまった。
何か二人の間に感じろとまでは言わないけど、少しは縁があると思わないか?
…どうでもいい、関係無いと思ってしまえば、何もかも終わりだけどな」
…思わないわ、…知らない人だもの。まして縁があるなんて、そう簡単には思えないモノよ。
「ご飯は簡単な和食にします。好き嫌いは?アレルギーは無いですか?」
アナフィラキシーショックとかが心配なだけ。
本人が気付かない間にアレルギーになっていて、いきなり発症する事もあるらしいから。命に関わるなんてなったら大変だもの。無いと言ってるんだ、…何も関わり合いは無いし、淡々と聞けばいい。
「ん〜多分、何も無い、大丈夫だと思う」
「解りました」
「景衣、頼みがあるんだ」
…ご飯と買い物以外に、今度は何?
「何でしょう」
「着替えはして来たんだけど、生憎本当に風呂には入れて無いんだ」
「えっ、シャワーもして無いのですか?」
「ああ、景衣が行動に出るのを息を潜めて窺っていたからな」
…服も脱がずにジッとしていたのだろうか。
そして私が帰ったと知ると着替えて跡を追って来た。
…手前のマンションだって言ってしまったから、おおよその見当はついていただろう。
「どうぞ。お風呂、好きに使ってください」
「有難う、じゃあ、先に入って来る。
シャワーだけ使わせて貰うから」
「…はい」
はぁ、…何してるのか解らない。
炊飯器を先に早炊きにセットして、私も取り敢えず着替えよう。…パジャマで普通に話してたなんて。最早、恥も外聞も無い。
髪は大丈夫だった。でも顔は洗い流したい。
コンコン。
「…ん?」
「あの、ちょっとだけ、顔を洗いたいので洗面台のところまで入ります」
「ああ、大丈夫だ。中に居るから」
ふぅ、本当、無駄に血圧が上がる…。
ヘアバンドをしてお湯を出した。
洗ったら洗ったですっぴんか…。
あ、あっちのお湯、ちゃんと出てるかな。…熱くなったりしてるかも。
洗ったら取り敢えず、ナチュラルメイク用のクリームで誤魔化しておこうか。…眉毛だけは忘れず書き足さないとね。
…うん、こんなもんでいいでしょ、早くしないと出て来られたら大変。
あ、リップ、リップ。色付きリップぐらいしないと、このままだと血色の悪い…遺体だよ。
「景衣?まだ居るか?もう出るけど?」
あ、早い、…早いよ。待って、待って。
「はい、もういいですよ」
素早く外に出た。