待ち人来たらずは恋のきざし

「他には?」

「クリームコロッケ、オムライス。
んー、景衣の作ってくれた唐揚げに、ハヤシライス。
餃子だろ、酢豚に…、魚の煮付けだろ。
鯵フライに…朝ご飯の玉子焼きと味噌汁…それから」

「ちょっと、もう、ストップ。もうそのくらいでいいです」

今まで作った物、全部言うつもり?

「何でも。景衣が作ってくれた物が好きな物だ。
だからクリームコロッケもオムライスも早く食べてみたい」

…これはお上手かも知れない。…お試し期間だからいい事言っとけみたいな。
喜んで鵜呑みになんかしないんだから…。

「美味しいとはいつも言ってくれてるけど、本当に口に合ってるのですか?」

「ああ、美味いよ?本当だ。
料理が美味いのっていいよな」

…本当なら、これが、俗に言う、胃袋を掴むという事なのだろうか。
口に合ってると本人が言っているのだから、まあいいか。
不味いなら、最初に言わない貴方が悪いって事よ?

「あの野菜、あんなに沢山、わざわざ買ってくれたのですか?」

有機野菜だし、それなりにお値段もするだろうから。

「ん?あれは、まあ、契約農家のおっちゃんからの頂き物みたいなものかな。
少し形も揃って無いやつだから」

…契約?仕事に関係してるのかな。
それとも、個人で購入してる先の物なのだろうか。
煙草は吸うのに食べる物には気を遣っているのかしら。…だったら矛盾してるような。
そう言えば、この人は一体どんな仕事をしているのだろう。
会う時はいつもスーツだし、それなりに仕事はしているって事かな。
まさか…スーツを着た遊び人?…。
…アラフォーの女、男が暫く居ない女は、多少なりともお金を持ってるって。…。

「景衣、今日何作るんだ?」

「え、あ、はい。…んん、貰った野菜が沢山あるから、今、考え中です。
蕪と…白菜のクリーム煮、あとは…、お肉と糸コンニャクと、野菜色々入れて、すき焼き風みたいな炒め物にしようかな」

これだけ色々あったら野菜をメインに沢山使わなきゃ。

「もう…早速美味そうだな」

「炒め物はご飯が進む味です、多分」

「俺、ご飯炊く。俺がやる、任せろ」

…大層な。ご飯は炊飯器が炊いてくれるんだから。
水加減を誤らなければ、誰がしようが大きな差は無い。

「じゃあ、お願いします」

案外こだわりがあったりして。
お米はあまりガシガシ研がない方がいいんだけど…。お水だって、最初はさっと洗って流すのがいい。

…ガシガシ研いでいない。お水も直ぐ捨ててる。
お米の事、結構、知ってるのかも。

「ん?」

いけない、また見惚れてたかな。

「あ…えっと、エプロンでもします?」

ちょっと意外だと思った事、感づかれたくなくてそんな事を言って誤魔化して見ただけだ。

「いや、いい、これしかしないし。
それより、しくじった。
ネクタイを肩に…こう、乗せてくれ、早く、濡れそうだ、早く、頼む」

顎で肩を指していた。
…フ。はい、はい、解りました。止めて手を拭いて自分ですればいいのに…。
お米に余計な水を吸わせてしまうのが嫌なのかも知れない。
腕捲りする時に、ついでにペロッて乗っけてたら良かったのに。

「はい、これでいいですか?」

望み通りに肩に乗せてあげた。

「ん。…解いておけば良かったかな」

…、そうですとも。
もう…今更解きませんよ、私は。


炊けたご飯は心なしか美味しかった。
…一人じゃ無いご飯は美味しいのかも知れない、と、この男のお陰でこの頃思わされていた。
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