待ち人来たらずは恋のきざし
今朝は通常勤務の為、朝は一緒に出た。
階段を下りたところで声を掛けた。
「…じゃあ、ここで」
「おお。今日もよく眠れたみたいだし、仕事、適当に頑張れよ、適当にだ。
嫌な電話なんかに当たっても気にすんなよ?」
もう、外に出てから眠れたとか…そんな話。
この男らしいのかな、適当は頑張り過ぎるなって事よね。
「…行ってきます」
「行ってきます!」
お互いが行くべき方向に向かって歩き出した。
「浅黄さん知ってます?」
「ん~何を?」
「課長、離婚したみたいなんですよ?」
…。
「ふ~ん」
…。
「結婚指輪、まだしてるのは、内緒にしておきたいからなんですかね?」
…。
「あ、ま、そういう噂なんですけどね。…では」
…はぁ。行ったか。
この手の噂話とか好きでは無い。顔に出てたかな…。返事も、まともな返しもしなかったから。
悪気は無いのだろうけど、興味本位というのか、無責任と言うか…。
離婚話に食いついて来ない私は、話し相手にならないと思ったのだろう。
別の誰かを捕まえて、もう話している。
嘘…本当に?
口元は押さえていても、興味津々、そんな顔つきをして…キャッキャ、キャッキャと大盛り上がりしているようだ。
…はぁ。虚しいと言うか、…なんと言うか。…悲しい気にさえなる。
言われる人の身になって考えたりしないものか。
少し歳が変われば、また考え方も変わってくるだろうか。
…他人だから…何も感じ無いのかな。
休憩時間に偶然課長と一緒になった。
一対一で一緒になる事は珍しい。
今日は、私より、課長の方が少し気まずいのかも知れない。
「お疲れ様です」
「おぅ、浅黄か…。今更だけど、人の口は最速の通信機なのかなぁ。通信網も広い。
あっという間に伝わるもんだな」
「…口さがないです」
「ん?」
「私のところにも朝一に来ましたよ、その“通信機”」
「…そうか。まあ、そういう事だ」
「この間は有難うございました」
「ん?」
「妙な電話を受けた時です…大丈夫かって。
いつもお気遣い有難うございます。
相変わらず課長の言葉に救われてます」
「あぁ…そんな事は。課長が出来る事と言ったらそのくらいの事だろ。
俺からしたら大した事はしていない。
ただ声を掛けるだけだ。
本当…面倒臭い相手に当たる事もあるからな。
何であんな訳の解らない事を言う人間が居るのかね…。日頃の不満とやらを、これ見よがしに……。
こんな事、聞いてもなんだが、メンタルは大丈夫なのか?立ち直りは早いの方なのか?
正直、それが辛くて嫌で、続かなくて辞める子は多い…。
浅黄は余程で無いと、昔から顔に出さないからな。解り辛いところはある。
聞く方が間違ってるよな。
何年勤めても大丈夫な訳ないのに。
いつも向こう様の身勝手な話を聞かされるばかりだ…」
「はい。毎回、大丈夫ではありませんね…。
でも、結局最終的に思うのは、これは仕事だから、に行き着きます。
そう思う事にして、ずっとやり過ごして来ました」
仕方ないと思わなきゃ、何も出来ない。続けてなんか来れない。
「…そうだな、理不尽でも、それも含めて仕事、だな」
課長…全然、珈琲が減ってない。
「…浅黄は結婚、しないのか?
おっと、これはハラスメントか…」
「大丈夫です。あまり気にすると何も話せなくなります。
私の年齢を気遣って…、そう思わせてると思ったら、逆にこっちも気を遣います。
私ならその手の話も大丈夫です。
結婚は…現実として今のところは予定が無いですね」
「…彼も居ないのか?おっ、これも…セーフか?」
「フフ、さっき言いました、大丈夫ですよ。
彼ですか…それが、今、妙な事に」
「ん、何だ?…フ、変な奴にでも引っ掛かったか?
…俺みたいな」
珈琲を置いて課長はゔ~んと伸びをした。
…変な奴…、引っ掛かった…か…。
「まだよく解りませんが、そうかも知れません」