待ち人来たらずは恋のきざし

「何?…おい浅黄…、冗談のつもりだったが、大丈夫なのか?
まさか変態男に妙な事をされてるとか」

「…違います、もう。私の好みを何だと思ってるんですか。
変と言っても、大丈夫は大丈夫な気がしてます。
ぶっちゃけて話せば、今、試されてます。
お試し期間と言うやつです。そんな状況になってます」

私も試しているって事になるのかな。
それはお互いにって事なのかな。

「なんだ?見合いでもしたのか?
それともレンタル彼氏からの強引な彼氏への移行話か?」

「フ、何ですか?それ。
お見合いはしていません。レンタルもした事なんかありませんよ?
そんなのある事も知らなかったです。

現実は現実の話なんです」

「何だかよく解らんが、そのお試しが良ければ、正式につき合うと言う事、始めるって事なのか…。

だけど、それって…結果として、お試し段階でもうつき合いは始まってるんじゃないのか?」

あぁ、…そう言われたらそうかもだ。…あの男の策略にまんまとハマったのかしら。
…でもお試しはお試しよね?

「浅黄…男はさ、仕事でなんかあって疲れて帰っても、まずベラベラと話して愚痴ったりしないだろ…」

「…あ、はい、そうだと思います。
まあ、女程、喋らないというイメージがあります。
女性は、とにかく話しますからね。
話して直ぐストレスを解消しようとします。
これはイメージですけど」

「遅くなって帰って、ご飯食べてるだろ?
既にその段階で、いつも会話する時間らしい時間が無いと思われている。
自分でも知らず知らず、ついな、愚痴らない分、溜め息だけつく事があるんだ…」

「はい」

溜め息くらいつくでしょ。何も愚痴らない分、つかなきゃ息が詰まるだろう。

「そしたらな…。毎回毎回、美味しくないご飯を無理して食べてるなら、食べてくれなくていい、って、いきなり言い始めたんだ」

「それは…誤解じゃないですか」

これは課長の家庭の話なんだ…。

「あぁ、完全な誤解だよ。
だけど、誤解が誤解じゃ無くなってくるんだよな。
つまり、奥さんは奥さんで、他にも積もり積もった不満みたいなモノがずーっとあったんだよ。鬱積させていた。
ストッパーがさ…、俺のつく溜め息で徐々に外れたみたいなんだ。
そして…とうとう堰が切れた。
俺も誤解だとも言わない。
ご飯が美味しいともまずいとも特に何も言わなかった。
無関心ていうのは、辛い。それは解っていたけどな。
まあ最初から無理だったんだから」

…課長。多分、最初はそんな事無かったはず。
見逃して来たのか、許して来たのか…。
相手に関心が無いから、嫌な部分も、いいよってただ言って、繕って来てしまったんじゃないのかな。
ずっと気を遣い続ける事、そんな結婚をしたと現実を自覚したら、疲れたのかも知れない…。
そうだ、何も無い生活に疲れ果てたのかも知れない。

「独身の浅黄にこんな事まで話すと、結婚に対する考えを変えさせてしまうか…。
そうで無くても、俺の結婚は大人の都合だなんて話してしまってたしな。
夢も希望も無くす話だ…」

「私…結婚は頭に無いし、だから夢とか希望とか、何も持っていないですから大丈夫です。
それに、人それぞれだと、一応、言っておきますし、思っておく事にします」

「あぁ、人それぞれだから。これは悪いパターンだ」

「課長…、お子さんはいませんでしたよね…」

確か、居なかったはずだから。…敢えて授からないようにしていたのかも知れない。

「ああ。こうなったら、居なかった事、良かったかも知れない。
だけど居たらそれなりに違っていたのかも知れないのかな…」

「奥さんは専業主婦でしたっけ」

「あぁ。一度も就職経験が無い人だ」

…なるほど。偏見かも知れないが、少しの期間でも仕事の経験があれば、働く人の気持ちにももっと理解が持てたのでは無いかとも思ってしまう。毎日ただ会社に行ってる訳じゃないから。
そして、子供が居たら、また、色んな世界に目を向ける事も出来ただろうにとも思う。

家庭だけが中心の奥さんにとって、全てが目の前の課長だけになってしまったんだろうな。
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