待ち人来たらずは恋のきざし


「別に、未練がましく結婚指輪をしている訳じゃ無いんだ」

課長は左手を握って指輪を見ていた。

「仕事に対する事でしてるだけだ。
…見せ掛けだけのな」

「…ある程度の年齢の男性って、結婚しているって、信用があるからですね」

「…そういう事だ。
あと、妙な女性に誘惑されずに済むっていうのもあるな」

「え?何ですか、それ。
…モテますからね、課長は。
魔除けですか?」

「モテはしないよ。
ただ、遠慮したいタイプから声は掛けられたく無いだけだ」

…それがモテ男のセリフだと思いますけど。

「奥さん、美人だから、直ぐ再婚されるかも知れませんね」

「あぁ、直ぐするだろう。
いくらでも、親がきっといい条件の相手を見つけてくるだろうさ」

「もう、随分とドライなんですね。
私もズケズケ言ってますけど」

「とうに冷え切っていたからな。何の感情も無いから大丈夫だ。
考えてみたら、修復しようともしてなかったんだ。
ずっと前から…初めから、元奥さんみたいなもんだったよ…」

だから、そんな結婚、初めからしなければ良かったのに。

「余計なお世話だから、課長も直ぐいい人が見つかりますよ、なんて言いませんよ?
言われると鬱陶しいでしょうから」

「あぁ、まあそうだな、余計なお世話だな。
みんなよかれと思って言うけど。
そんなのは、俺を前にして掛ける言葉がそれしか浮かばないからだ。だからいいんだ、それも解ってる。
だから、結局は、そっとしといてくれって事だ。
何も言わないでいてくれる方がいい。
こっちも言葉を返す事が煩わしい」

「…これからは独身を謳歌ですか」

「謳歌かどうかは解らないが、…一人がいいのかもな。…元々。
あぁ…だけど、好きだけど、別居婚みたいな、干渉し合わないのを受け入れてくれる、そんなのを受け入れてくれる、話が合う相手でも見つかればなぁ…。
自分に都合のいい話だな。
こういう奴だから、普通の結婚生活には向いてなかったんだと思う。
束縛されてると思う環境はもう懲り懲りだ…。
早く気がつくべきだったよ。初めから断るべき結婚だったって。
実際断るって…出来はしなかったけどな。
あ゙ー。随分語ってしまったな。
休憩なのに妙な話を聞かせて悪かったな」

「行きがかり上の事です。
…珈琲、もう充分冷めてますよ」

「フ、…浅黄も、あっさりしてると言えばあっさりしてるな。
…話しやすかった。
何も問わず、話を聞いてくれて有難う。
誰にでも話せる話じゃないからな。
…何だかすっきりした」

「そうですか、私、何も聞いたつもりはありませんよ」

「フ、…ドライだな。有難う。
そういう言い方が、配慮がある言葉だと俺は思ってる」

表面的で感情が動いていないとも言えるがな。
浅黄も浅黄である意味独特な奴だ。誰かに素を見せる事ってあるのかな。
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