待ち人来たらずは恋のきざし
ここ何日か、あの男が来ない。
これが駆け引きというモノだろうか。
押すだけでは無く、たまには引いて、相手の気を引く…みたいな。それだろうか。
駆け引きをするような恋の経験は無い。若くも無い。
若く無い耳年増という事よ。
仕事が忙しくなったのかも知れない。
確かめようにも、今だ連絡先は知らない。
そんな事にも何にも、私が興味を示さないから、来る事がもう億劫になったのかな…。
…まあ、来たければ、また来るでしょう。
放っておくという言葉は合わないけれど、為す術も無いから、このままで居るしかない。
…あ、バー…。あのバーに行けば何か解るかも知れない、けど…。
知っていてもお客さんの事はそう簡単に教えてくれないか…。
それも、…何だか。こそこそ探ってるみたいで、そんな事をされてるって知ったら鬱陶しく思うかも知れない。
…じゃあどうしたら。…まあ現状維持ね。仕方ないよね、普段通りよ。
今日はハンバーグでも作ってみようか。
匂いに引き寄せられて来たりしないかな。
…それは無いか。そんな偶然、あったら逆に怖いかも。
無意識では無い。
意識して二人分のお肉を捏ねた。
一つは今夜食べて…一つは冷凍しておけばいいから。
次、…また、作るのが面倒な日があった時、保存しておけば簡単に食べられる。
夜になってもあいつはまた来なかった。
今日はクリームコロッケを作って見よう。
蟹の解し身があるから、蟹クリームコロッケ。
…沢山出来た。
これも食べ切れない分は冷凍しておこう。
ストックは更に増える一方だ。
クリームコロッケでは匂いはしないか…。
あいつは今日も来なかった。
あ、…つい忘れてしまう。
お風呂は私が溜めなきゃ。…誰がするのよ。
シングルベッドってこんなに広かったっけ…。
……毎日の事でも無かったのに。
朝ご飯に玉子焼きを作っていたら、あいつが食べている姿が浮かんだ。
いつも食べ方がとても綺麗で…。
お味噌汁だって、一口飲んだ瞬間に、はぁ美味しいって…言ってた。
首をブンブン振った。
…馬鹿じゃないの?
部屋には目に付くあいつの物だって何一つ無いのに。
残像ばかり勝手に残して…一体何してるのよ…。
これが駆け引きなら、もうそろそろ来なさいよね。
来ないなら、来ないって言ってから来なくなってよ。心配するじゃない。
何気なく通り掛かったから神社に寄った。
ここは毎年、初詣でに来ている神社。
間違わないよう、きちんと順を追って参拝した。
いつもより少し緊張した。
神様、あいつ、…すみません。…もとい。
私の待ち人になるつもりらしい貴生創一朗という男は、元気にしていますか?
私が知らないだけで、元気にしているならそれでいいです。
…はぁ、もう、何を尋ねて話しているのやら…。