待ち人来たらずは恋のきざし
神社にお参りした日からもかなり経った。
だけどあいつの音沙汰は無い。
これが、元気にしているって事なのかな。ですよね、神様。
仕事が終わって、特に金曜は必ず来ていた日。
階段を上がったら通路の先。
ドアの前に居て、よう、お帰り、お疲れって、声がするんじゃないかって、期待してしまう。
…今日も居ない。
大の大人だ。
大人の都合ってモノよ。
来るのも都合、来ないのもまた都合なのよ。
…忘れなさいって事?それとも、捜せって事?
私は試されてるの?…。
踵を返した。
カツカツと次第に早足になった。
…はぁ、…はぁ。
バーの前に来ていた。
宵の口だが、どうやら営業時間にはなっているようだ。
来たからと言って居るとは限らない。
飲みに立ち寄るにしても、あいつが現れるには時間もまだ早いと思う。
マスターに聞けばそれとなく何か教えてくれるだろうか。
通って来てる人だとしても、名前は聞いているかな。
そもそも私を覚えてくれているだろうか。
…とにかく入ってみよう。
意を決した。
「こんばんは…」
探るような声だ。
あっと言う顔をして、直ぐに微笑まれた。
「いらっしゃいませ」
「あの…」
「いついらしてくれるのかと、お待ちしてましたよ」
「…え」
「お預かりしているものがあります。少々お待ちください」
「は、い」
何だろう、私の顔を見て言った…。
覚えていてくれた。
マスターがプライベートルームに下がって行き、戻って来た。
「はい、これです」
出された物を受け取った。
それは手の中に納まる程の二つ折りにされた小さな白い紙だった。
「どうぞ、アルコールは入ってないです」
マスターがカクテルを出してくれた。
「掛けてください」
席を手で指していた。
「…有難うございます」
その紙に書かれていたモノは11桁の数字。
この羅列、ハイフンは無かったが携帯の番号で間違いないと思う。
「あの、これは貴生さんのですか?」
間違いないだろうけど確かめたかった。
「貴女が来てくれた、その日に。一つ、正確には、二つ席を空けて座っていた男性から預かった物です。
ここにまた貴女が来る事があったら渡して欲しいと」
え?最近、託けたんじゃないの?
「あの日にですか?」
「はい」
あ…、そんな…。
あの時、さほど印象の良く無い私に、男は何を思ってこんな事をしておいたのだろう。
「これを貴女が手にするような状況になって、それで会えたら、余程、縁があるのかも知れないって思える相手なんじゃないかって。
そんな不思議なモノも、あっていいんじゃないかって。
柄にも無く理屈をつけて…。ロマンチックな事、言ってました。
私も嫌いじゃ無いですね、こういう事。
縁とは、不思議な巡り会わせですから。
現に、貴女はこうして訪ねて来た訳ですから。
どんな理由か知りませんが、縁はある男だと思いますよ、間違いなく」
「有難うございました。あの、私…」
バッグに手を入れ財布を探した。
「これは奢りです。貴女にいい事が続きますように。
この店が貴女の幸運に繋がる店になったら、私も嬉しいですから。
…案外、私は縁結びの力があるのかも知れないですよ?
さあ、早く連絡してやってください」
「有難うございます。帰ります。おやすみなさい。
あの、これは前に来た時のミモザの代金です。
うっかり帰ってしまって…その上お支払いも、ついでみたいに、こんなに遅くなってごめんなさい」
「これは…律儀に有難うございます。
ミモザも奢りのつもりでお出ししたのですよ。
あの日は歓迎とお祝いの、出会いの日でしたから。
だから、これはもう頂きませんよ。
それより、また来てください。
その方が私も嬉しい」
「有難うございます。では、お言葉に甘えますね。
次来た時は桃のカクテルでお願いします」
「はい、ベリーニですね。お待ちしてますよ。
あいつと二人で来てくれたら、尚、嬉しいな。
じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい。有難うございました」