待ち人来たらずは恋のきざし

あの日、私達はバーを出た後、直ぐ会ってしまった。
だから今日までこんな状況になる心境にもなっていなかった。
…縁、か。

店を出てメモを見ながら番号をコールしてみた。
繋がった…呼んでる。
あ、…、留守電になった…。
ピー。

「…景衣です。番号のメモ、預かりました。
…生きてるの?…馬鹿。
…ご飯食べに来ないから、冷凍が増えてる。………馬鹿、…来ないなら来ないって連絡して…」

ピー。あ。…。

もう…、知らない…。
…勝手にして。

折り返し電話は架かって来なかった。



何日経っても連絡は無かった。
もう気に掛けるのは止めようと思った。所詮、ここまでの人だったんだ。
仕事でだって、嫌な事があったら忘れる努力をして来たんだ。
あいつの残像なんか、考えなきゃ直ぐに消えて無くなるわよ。
お試し期間は来なくなった日で終わった。
そう思えば、それでいい。それで済む事。

お風呂に入って浴槽でお湯を肩に掛けていた。
左手をふと見た。
この手…この掌に、創、一、朗、って…、名前を書いた。

…はぁ。
顔にバシャバシャお湯を掛けた。

…はぁ。
こんなモヤモヤしたモノの流し方って知らない。

…もぅ。
こんなの…クレームの方がまだ簡単に忘れられるよ。仕方ないと納得して吹っ切れる。
まだ納得出来てないからよ…。
一回の留守電くらいじゃ駄目って事?
もっともっとしつこく、何度も架けて来いって事?
そのくらいしないと、こっちからは架けてやらないぞって、そういう事なの?

…解った。
だったら架けてやろうじゃないの。
望むところよ、留守電になろうと、架けてやるわよ。

勢いよく浴槽から出た。
朝に昼に、夜中だって架けてやるわよ。
見ときなさい。


髪を拭きながらコールした。
あ、…また留守電だ。
出るつもりは無いのかしら。
こっちが何を言い残すか、言葉で情熱でも図るつもり?

「景衣です」

それだけ言って切った。
入れるのは名前だけにする。それを続けてやるんだから…。


それからも架ける度、電話は留守電になるばかりで。
私は馬鹿の一つ覚えのように名前だけを入れ続けた。
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