待ち人来たらずは恋のきざし
来なくなってから三週間。留守電を入れ始めてから十日余り。
未だ来もしない。電話も無い。
…もう止めた。
電話はしない。
それでいいのかと自分に問い掛ける部分も無いとは言えない。
だけど朝も昼も、夜も、架ける…四六時中架けようかと考える事、それが虚しくなって来た…。
頼まれた訳じゃ無い。自分からその思いに振り回されているだけなんだけど、…もう止める。
特別な理由でも無い限り、何も返して来ないのは、もういいって事でしょ?
…あ。…あー。…今頃になって気がついた…。
あ、…もう。…まだしてない事があったじゃない。
はぁ…、これだから…。恋愛において抜け落ちているのよね…。
もう、…あいつの部屋。
私、知ってるじゃない。
まだ出来る事があったじゃないの。
はぁ、もう…何やってるんだろう…。
真っ先に行けば良かったのに。本当、何してるんだろう。
今日まで全く思い出さなかったなんて…、信じられない程抜けてるんだけど…。
今からだって…行って見ればいいじゃない。
思い立ったら何とかよ。
仕事の帰り、あいつのマンションに寄ってみる事にした。
夜だったけど、忘れもしない、ここよ。
似たような造りのマンションは無い、間違い無い。
建物を仰いだ。
…よし。
あの時、エレベーターのボタンは5階を押していたし。
5階を目指して階段を上がった。
私は、あいつの部屋に入ったんだ。
確か、部屋は…端から三番目だったはず。
通路を通り、ドアの前に立った。
…ここよ。
インターホンを押した。
…応答は無かった。
暫く待って見た。
ただの留守なのか。
仕事がなんなのか知らないから、単純にまだ帰っていないのかも知れない。
居留守はしないだろうと思った。
もう一度、押してみた。
出ないのだから、押して見る意味は無いと思ったけど。
トイレ中だったりとか、一人だったら出られないタイミングの時もある。
だから、一応だ。
折角来たんだ。ここ迄来て簡単に諦めて帰る訳には行かない。
ピンポン…ピンポン……出ない。居ないか…。
メモでも入れて帰ってみようか。
それともいっそのこと、ここでずっと待ち続けて見ようか。
あの男だって、私の部屋の前で、いつもいつも待ってくれてるじゃない。
あ、人が来た。遠慮気味に通り過ぎた。
止まった。バッグから鍵を取り出しているようだった。
迷ったが声を掛けてみた。
「こんばんは」
「…こんばんは」
どうやら隣の部屋の住人らしい。
…私の事は見掛けない人間だから不審がられても仕方ない。
「あの」
「は、い?」
カチャカチャと鍵を開けている。
「ここに住んでる人って、帰りは遅いですか?」
部屋を差し、いきなり他人の事を聞く知らない女に、答えてくれる事は無いだろうと思ったが、駄目元で訪ねてみた。
「さあ、そこまでは…」
そうよね。やっぱり無理よね。
本人に断りも無く、個人的な事は言えないし。
関わりも持ちたく無いだろうから。濁すよね。
「あの、お身内の方とかですか?…お姉さんとか」
あ、は…お姉さん、か。はぁ…、違いますよ?
確かに、あいつよりは年上だと思うけど…顔、似てます?
「いえ、あの…」
あわよくばと期待して言葉を濁すつもりは無かった。
だけど続けて何か話してくれそうだ。
「ご連絡が取れないとかですか?でしたらご心配ですよね。
…あの、…多分ですけど、いらっしゃらないと思いますよ?」
やっぱり留守か。
「はっきり断定出来る訳では無いですが、お引っ越しされたのではないかと思いますよ?」
「…え」
「本人さんに直接確認した訳ではありませんけど、業者の方が最近来てましたから。
そういう格好の方が、段ボールとか運び出しているのを見ましたから。
チラッと見ただけで、ずっと見てた訳では無いですが」
「そ、そうですか…あ、ご親切に、教えて頂き有難うございます」
「では…すみません、これで」
控え目に部屋に入って行った。
…この話、本当だろうか。
だとしたらここには居ない事になる。
…消えた?