待ち人来たらずは恋のきざし
感じの良さそうな人だった。
疑った訳では無い。
そこまで不信感を抱いた訳では無いけど。
…解らない話でもあると、ちょっと思った。
電話も出ない。
部屋にも居ないとなれば、もう本当に連絡の取りようが無い。
まさか、部屋を訪ねて来た見知らぬ女に、からかい半分で嘘を言ったりはしないだろう。
それはあまりに人を疑い過ぎだと思う。
もっと出来た話なら、こんな背格好の女が訪ねて来る事があったら、引っ越したと言って欲しいと頼まれていたとか。
…本当は、あの隣の女性の部屋に一緒に住んでいたりして…。
どれもこれも、…余りに飛躍した勝手な想像に過ぎない。
あー、駄目駄目。人を疑ってかかるのも大概にしないと、何一つ確かだと思えなくなるのに。
あ、…私、人をこんなに信じ無いなんて…。
あいつに関わる事だからなのかな。
黙って引っ越したなんて、嘘であって欲しいと思ってるから…。
…あんなに、お試しだとか言って、自分から押しかけて来てたくせに…。
何なのよ…。
いい大人が…神隠し?
恐い人達に連れ去られたとか…。やっぱり何してるか解らない遊び人だったの?
だったら、今頃は、もう…。
あー、もう、そんな事、ある訳無い。酷い妄想だ。…大概にしないと。
何もかも解らな過ぎて、…人まで疑って。
あいつの事、何も知らな過ぎて…もう今度こそ、何も手段は無くなった。
はぁ…、やり切りましたよ。
…どうなってるの?生きてるの?
はぁ、…虚しい。悔しい。
引っ越したとなれば、部屋で待っていても仕方ない。
近いはずの自分の部屋なのに、あいつのマンションを出てから家までが遠い。
聞けるものなら聞いておけば良かったかな、仕事先…。
解っていたら確実に捕まえられたはずなのに。
あぁ…そこも居なくなってたりして…。
…あぁ、もういい。考えない。
忘れる事にしよう。
初めから会わなかった人だと思えばいい。
そんな人は居なかったんだってね。
心配して、…縁なんて、考えたりして…。
…はぁ。
2階に上がるだけなのに、上がる前からもう足が重い。…疲れた。疲れました。
成果が無いとこんなに疲れるなんて。
おばちゃんの店に寄って、お弁当買ってくれば良かったかも。
あ、…でも、また浮かない顔をして行く事になってたか…。
今日は仕事のせいじゃないんです、って言ったら…、なんて聞き返されただろう。
そもそも寄る気にもなっていない。
かと言って、冷凍している物を今食べる事は出来ない。
高がハンバーグ、されどハンバーグよ…。
あの男を思って作った物。
あいつの顔が過ぎってしまうから、無理。
はぁ、なんとか階段を上がり切った。2階なのに大袈裟…。
あ…鍵。…鍵を出しておいて。
チャリン。
あ、もうまた…。ここで落としてばっかり。
…え?
誰かの手が先に鍵を拾った。
「ほら、はい。また落としてる」
拾い上げた人が私の手を取り、鍵を握らせている。
「よお、お帰り、お疲れ」
目線を上げた。…居た。
ここに居た。
「…貴生…創一、朗…」
「フ、ああ、当たり前だ。はぁ、景衣、腹減った~」