待ち人来たらずは恋のきざし
「部屋入ろう。景衣の飯に飢えてる」
…。
「景衣?」
「…今まで何してたのよ…」
「は?」
「…急に来なくなって。
…電話も…何も言って来ないで…。
…部屋にも居なくて」
「景衣?」
「…頼まれた訳じゃない…勝手によ。心配は私が勝手にしてただけ。
…来ないからよ。
だけど、人がどれだけ心配したと思ってるの…いい加減にしてください。
…どいてください」
「あ、ちょい、景衣」
押し退けるようにして通り過ぎ、鍵をガチャガチャと開け部屋に入った。
追い掛けるように男が入り込んで来た。
「景衣!待て。電話って何の事だ」
「…何度もメモの番号に架けました。
いつも留守電にしてたでしょ?
煩かった?しつこかった?
だから鬱陶しくて、わざといつも留守電?
…元気かどうかくらい、そのくらい返して来てもバチは当たらないでしょ?」
「ちょ、ちょっと待てよ、だから電話って何。
留守電なんて一個も架かって来て無い」
…そんな嘘。今更、何の為に言ってるの。
まだ何か駆け引きでもするつもり?
この期に及んで、何があるって言うのよ。
…呆れて話す気にならない。
「はぁ…。架かって来て無いって言うなら、もうそれでいいです」
「よく無い。架かって来て無いもんは架かって来てないんだ。
何も返しようがないじゃないか。
勝手に機嫌を悪くされたらこっちが気ぃ悪い」
ん゙もう。携帯を出した。
「こっちだって嘘を言ってる訳じゃ無いわ。見て。
…ほら、発信履歴よ。
架けてるでしょ?…こんなに一杯。毎日何度も。
ヤバイ人くらい架けたのに…。
それなのに、いつも留守電にされて…。
…馬鹿みたいじゃない」
「ちょっと貸して…違う。景衣、違ってる」
「何が?!」
「恐…。落ち着けよ。見ろ、番号。これ。
よく見てくれ。ここ、俺のは6じゃなくて0だ」
「…え?」
「だから、ここ、7番目の数字は0。
6じゃなくて0だよ」
「え、でも、…待って、メモ。
…あった、これよ。
これ見て架けたのよ?」
マスターから受け取ったメモは、登録しても捨てずにずっと持っていた。
…あっ、…よく見たら6というより…0…だ。
少しだけ、0の上が閉じて無くてちょっとだけ左が出て長くなってる。
だから6だと思い込んだのかも知れない。
他に6があれば見比べて0だと思ったかも知れないが、運の悪い事に6は一つも無い。
ちょっと出てるくらいで6にしちゃったんだ…。
「…はぁ。あぁ…もう…これ、0だったんだ…」
「ああ、0だ。ごめんな、俺も慌てて書いたやつだったから。
景衣、あのバーに行ったんだな」
「はぁ…そうよ。だって…、何も言わないで、ご飯食べに来なくなったからよ。
それより、思い込んで…間違った私も悪いけど、数字は…もっと明確に書いてください。
…ずっと…架けた後そのまま登録したから…、ずっとこの番号に架けてた。
…もう、嫌だ…私。知らない人に馬鹿って言っちゃった。
馬鹿、馬鹿って。生きてるの、とか言って…。
何回も名前言った。
名前ばっかり毎日何回も言った。
けいって、変な暗号かと思われたかも知れない。
だから…この電話の人、知らないしつこい女だって…気持ち悪くて、頭可笑しい女だって、相手にしなかったんだ…もう、嫌…。
着信拒否にでもしてくれたら良かったのに。
あ、でも、そうされてたら…」
もう、この男が完全に私とは連絡は取りたく無いんだと、勝手に判断してしまっていたかも知れない…。
床にへたり込んでしまった。
「お、景衣」
…本当に…もう嫌だ。…恥ずかしいし、思い込んで架け続けた事も自分に腹立たしい…。
情けない。はぁ、…今まで何してたんだろう。
「景衣…何だか悪かったよ」
抱えて抱き上げようとする男の腕を払った。
「嫌っ!」
「景衣…」